2.さらば友よ | ||||||||||||||
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しばらくして、こんなうわさが広がりました。
「帝が譲位の御意向を表明されたそうな」
「精神がかなり不安定になられたそうだ」
「それなら早く皇太子を決めないと」
ようやく藤原基経の言っていた意味が分かりました。
「朕は譲位なんかしない!精神が不安定だって?朕は正気だ!いったい誰がそんなうわさを!」
「関白基経でしょう」
答えたのは側近の源益(みなもとのます)。
朕の乳母の子で、曽祖父が嵯峨天皇という嵯峨源氏です(「嵯峨源氏系図」参照)。
益は摂関政治の確立を目指す北家に不満を抱いていました。
「北家は承和の変で伴健岑や橘逸勢らを追い落としました(「安保味」参照)。応天門の変では伴善男や紀豊城(きのとよき)らを追い落としました(「告発味」参照)。北家は自家が権力を握るために他氏を排斥し続けています。我が嵯峨源氏も他人事ではありません。嵯峨源氏と仲良くしている帝も気に食わないのでしょう」
「朕も父のように帝位を追われるのであろうか?」
「でしょうね。それでいいんですか?」
「いいわけがない!ようやく帝位が何たるかがわかってきたところだ」
「ならば戦うしかありません」
「どうやって?」
「基経の怠けっぷりをまとめ上げ、朝議にかけて糾弾するんです。それでも失脚させられなかった時のために、武器や武具や馬を集めて隠しておくのです。法でかなわないなら、力でねじ伏せるしかありません」
「謀反(むへん・ぼうへん)を起こすのか?」
「帝が起こすものは謀反といいません。基経こそ謀反人として逮捕すべきです」
「なるほど。ちょうど宮中には空き地がある。そこに武器や馬を隠しておこう」
「それなら私は基経の怠慢資料を集めるとともに、嵯峨源氏の人々などを中心に味方も募って回ります」
数日後、益が内裏に戻って来ました。
「帝……」
「おう。事は進んでいるか?空き地の件は順調だぞ」
益はニコッと笑いました。
バタッと倒れました。
「どうした?」
益は動かなくなりました。
「どうしたんだ?」
朕は駆け寄りました。
血が点々と落ちていました。
「え?」
朕は益を抱き上げました。
ぐばあと口から血が垂れましたが、すでに何も言えない口になっていました。
「益!」
朕は驚きました。
「どうした?何があった!?」
益の背中には太刀が刺さっていました。
「何だこれは!」
朕は刀を抜いて投げ捨てました。
ガシャンシャン!
ちょうどその時、基経が女官たちを引き連れてやって来ました。
「帝、どうしました? 血刀なんか投げつけて」
そして、益の遺体を見て仰天しました。
「ああっ! 帝ともあろうお方が、なっなっ、何てことを……!」
惨状を見て女官たちも悲鳴を上げました。
「キャー!」
「誰か死んでる〜!」
「血まみれよ! 血まみれー!」
「いやあ!帝が凶器を投げつけてたー!」
「違うんだ! 朕じゃない! もう死んでたんだっ!」
朕の叫びは女官たちの悲鳴の嵐にかき消されました。
基経は女官たちに口止めしました。
「みなの者。今日見たことは他言無用だ」