3.殺人犯は帝?

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平成時代終幕へ
1.終わりの始まり
2.さらば友よ
3.殺人犯は帝?
4.ささやかな復讐

 源益殺害事件は、たちまち宮中をはみ出て京中の話題になりました。
「宮中で殺人事件があったそうな」
内裏で殺人だって!? で、下手人は誰だい?」
「血刀を手にヒャッハー騒いでいた天皇陛下を関白さまが目撃したそうな」
「しかも数人の女官も殺害現場を見ているという」
「じゃあ、決まりじゃーん」
「恐ろしや〜。うわさには聞いていたが、陛下の狂気はここまでひどかったとは」
「廃位だね。こうなったらもう、正常な帝に交代してもらうしかないだろう」

 驚いた母・藤原高子が朕にしかりに来ました。
「いったいなんてことをしてくれたんですか!」
「朕は何もしておりません」
「事件はすでに都中のうわさになっているそうですよ!」
「朕は殺していません。朕は加害者ではなく、友人を失った被害者です。真犯人の目星はついています」
「誰だというんですか?」
「母上の兄、関白藤原基経です」
「!」
「益は朕が生まれた時からの親友です。どうして朕が、無二の親友を殺せましょうか?」
「……」
「益は基経の悪事を調べ上げていたんです。悪事の発覚を恐れた基経が口封じに彼の命を奪ったに違いありません」
「仮にそれが本当のことだとして、誰が信じるのですか?」
「……」
「誰も信じないではありませんか!」
「……」
「譲位しなさい」
「できません。朕が譲位すれば、基経に対抗できる力を失ってしまいます。朕は基経を許せませんっ」
「無駄な抵抗はやめなさい。あなたは兄には勝てません。私は兄の恐ろしさをよく知っています。あなたが譲位を拒み続ければ、兄はもっとひどいことをしてくるでしょう」
「……」
「譲位しなさい。それ以外に兄の怒りを鎮める方法はありません」
「泣き寝入りしろというんですか?」
「その通りです」
「だったら益は何のために死んだのかっ!」
「……」
「朕は、彼の死を無駄にはしない!絶対にカタキを取ってやるっ!」

 朕は駆け出しました。
 武器や馬を隠していた空き地へ走りました。
「朕は戦うんだ! 悪は糾弾されるべきだ! 極悪関白の犯罪をもみ消してなるものか! 朕一人だけでも決起してくれよう!」

 朕は空き地へたどり着きました。
 が、そこには何もありませんでした。
 昨日までいた馬たちは一頭もおらず、武器や武具も跡形もなくなっていました。
「おい、馬たちをどこにやった?」
 朕の問いに、管理させていた者が答えました。
関白さまがすべて放逐なさいました」
「そんな〜」
 朕はへたり込みました。
 闘争心もまた、空っぽになってしまいました。

 元慶八年(884)二月、朕は染殿院から二条院(陽成院)に引っ越して退位しました。
 後任は、基経によって仁明天皇の皇子・時康親王
(ときやすしんのう。光孝天皇。「スト味」参照)が立てられました。

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