3.負けない犬 | ||||||||||||||
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吾輩は主人の遺体の奪還を試みた。
夜、草むらからのぞくと、敵は主人の遺体を刃物で切り刻んでいた。
ごり。ごり。
≪やめろー!≫
吾輩は泣き叫んだが、人間には、
「ワオーン!」
としか聞こえない。
ごり。ごりり。ガチャ!
遺体切断係が刃物を放り捨てた。
「ふう〜。ちょっと〜、硬くてなかなか切れませんよ〜」
実は蘇我馬子によってこんな命令が下されていた。
『捕鳥部万は朝廷に歯向かった極悪人だ。その遺体は八つ裂きにして八つの国に串(くし)刺しにしてさらせ』
遺体切断係が汗をふきふき訴えた。
「首は切断できましたが、他の部分が硬すぎて、なかなか切れませ〜ん」
もう一人の監督官らしき男が命じた。
「あせらずゆっくり切れ」
「はい」
「まあいい。今夜はもう遅いから寝ろ。明日の朝に続ければいい」
「はい」
「いい夢見ろよ」
「見れないでしょ〜」
しばらくして、監督官と遺体切断係は眠ってしまった。
「ガガ〜」
「ごうごう〜」
いびきまで立て始めたのである。
≪今でしょ!≫
吾輩は飛び出した。
≪首だけでも奪還だー!≫
がぶ!
吾輩は主人の首をくわえて駆け出した。
ぼて!こんころこんころ、ごろんごろんのじゅ〜にじょ〜。
思いのほか重くて落として谷底まで転がしてしまったが、くわえ直してズリズリ引きずって持ち去った。
「ハァ、ハァ!」
ぐったり〜。
どこかの古墳の前で、吾輩はぶっ倒れた。
≪御主人様〜≫
でも、首だけでも奪還できて満足だった。
≪うふふ〜ん、御主人さまぁ〜ん≫
ごろりん、ごろりん、べろべろり〜ん。
吾輩はうれしくて、主人の首をなめ回してじゃれて寝た。