4.犬が食わない | ||||||||||||||
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どれくらい時間がたったであろうか?
吾輩は殺気を感じて目覚めた。
「うう〜」
うなって見上げてみると、いつの間にか一際立派な甲(よろい)を着た人間がそばに立っていた。
主人の討伐軍の大将を務めた河内国司(かわちのくにのみこともち)であった。
「ほう、万の首がなくなったと思ったら、犬がくわえてこんなところまで持ち去っていたか……」
「万が飼っていた犬です。そういえば、竹やぶにも一緒にいました」
国司は冷やかに笑って部下に命じた。
「首を運び出せ」
「ははっ」
部下が主人の首に手を伸ばしたため、
ガブリ!
吾輩がかみつけてやった。
「いってー!」
部下は怒った。
「死にぞこないの犬め!たたき斬ってやる!」
部下は刀を抜いて振り上げた。
「まあ、待て」
河内国司が止めた。
「我々は崇仏派蘇我軍の一員だ。仏教では無益な殺生は厳禁だ。なあに、しょせん畜生だ。すぐにいなくなるだろう。またかみつかれるより、いなくなった後で運び出せばいい」
「ですか」
河内国司一味は引き上げた。
吾輩は安心して寝そべった。
≪くいぃ〜ん、御主人さまぁ〜ん≫
ごろごろ、りんりん、ごろりんこ。
吾輩は主人の首と一緒に転がると、抱き枕のようにして寝た。
次の日も河内国司一味はやって来た。
「うう〜」
吾輩は起き上がってうなった。
「犬、まだいますぜ」
「そうか。ならば、明日また来よう」
河内国司は毎日毎日首を取りにやって来た。
「うう〜」
そのたびに吾輩がうなって追っ払った。
「うう〜」
「あの犬、いつまでいるんでしょうか?」
「さあな」
「ずいぶんやせ衰えましたが」
「何かエサでもくれてやれ」
部下が、
「ほら、食え」
と、握り飯をやると、吾輩は、
ばく!
握り飯ではなく、手にかみついてやった。
部下は泣いた。
「いってー!おいらばっかこんな役〜」
一味は去っていった。
吾輩は安心して寝そべった。
≪御主人さまぁ〜、うふふ〜ん≫
で、その晩も主人の首とじゃれて寝た。
≪よくがんばったな≫
主人がねぎらってくれた。
しゃべるはずのない主人の首が語りかけてくれた。
≪ありがとう、おまえ≫
しかも犬語で!
吾輩は訳が分からなかった。
≪御主人様!どうして犬語をしゃべれるんですか!?≫
主人は答えてくれた。
≪それはな、もうすぐおまえの寿命が尽きるからだ≫
≪え!吾輩って、死ぬの!?≫
≪そうだ。これからはもうずっと一緒だぞ≫
≪きゃは!うれしー!本当なんだね?≫
≪ああ、本当だとも≫
「わーいん!」
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義犬塚古墳(大阪府岸和田市) |
吾輩は死んだ。
主人の首に覆い重なって息絶えていた。
「何という犬だ……」
吾輩の最期を見て、にっくき河内国司が泣いてくれた。
彼は部下に命じた。
「犬の遺体は万と遺体とともに葬ってやれ。首だけではない。すべてそろった万の遺体をだ」
部下が驚いた。
「え?万の遺体は八つ裂きにして八つの国にさらせと命じられたのでは?」
「やかましい!全責任は私がとる!」
河内国司は吾輩の忠犬のぶりを朝廷に報告した。
「ぜひぜひ、万と犬を同じ墓に」
蘇我馬子は認めた。
「まさしく忠犬である。このような事例は史書に残し、後世に伝えるべきであろう」
[2013年7月末日執筆]
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