★ 石原莞爾のひまつぶし | ||||||||||||||
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あたしはチューが好き。
チューに夢中。
機会があればいつでもチューをしている。
あたしは三度のごはんよりチューが大好き。
というより、チューが三度のごはんのようなもの。
あたしはチューをすると赤くなる。
顔だけじゃなくて、体全体が赤くなる。
あたしは服を着ないから、下着も何もつけないから、赤くなったのがまる見え。
「かわいいやつだ」
そんなあたしを御主人様はやさしくなでてくれる。
あたしははずかしがり、御主人様はもだえる。
あたしの御主人様はやさしい。
あたしがチューをせがむと、
「そうか。チューがしたいのか」
いつでもどこでもあたしを受け入れてくれる。
普通の人なら、たたく。
中には殺そうとするヒトもいる。
でも、御主人様はそんなひどいことはしない。
御主人様は平和主義者だから。
御主人様は石原莞爾(いしはらかんじ)。
陸軍の幼年学校に通っている生徒。
はるか後年、とんでもないことをするそうだけど、あたしには無関係の話。
あたしはただ、御主人様としょっちゅうチューをしていられればそれでいい。
あたしにはライバルがいる。
御主人様は、あたしを合わせて常時「十人のオンナ」を囲っている。
『御主人様は私のものよ!』
『いいえ!莞爾はうちのものです!』
『私のカンちゃんに手を出さないで!』
あたしたちはそんなドロドロなケンカはしない。
仲良く並び、みんな同時に御主人様とチューをする。
そんなあたしたちにも戦わなければならない時もある。
御主人様は学校の講義で退屈すると、あたしたちを戦わせるのだ。
「ふぁ〜〜〜」
御主人様があくびをすると、開戦の合図。
「かわいい娘たち。今日もそろそろやりますか」
あたしたちは喜ぶ。
『わーい!』
『待ってました!』
『今日は絶対勝つぞー!』
勝者は御主人様とのチューを独占できるのだ。
『勝つのはあたしよっ!』
『私がチューを独り占めするのよ!』
『あんたなんかに渡してなるものですかっ!』
すぽ!
あたしたちは格納されていたペンのふたから机上におっぽり出された。
こんころ、こんころ、もぞもぞり〜ん。
これより机上にて「チュー争奪競走」が始められるのだ。
お気づきと思うが、あたしたちたちは人間じゃない。
え?
じゃあナニモノかって?
それについてはもう少しじらしてあげる。
御主人様は指先であたしたちをスタート地点に整列させた。
「こらこら。フライングはナシだ」
あたしたちは聞かずに勝手にもぞもぞ動いている。
あたしたちはただ「チュー」がしたいだけなのだ。
『早く!私にチューを〜』
『もっと生き血を〜』
『もう我慢できないわーん!』
御主人様は号令をかけた。
「よし、行け!」
あたしたちは走った。
もがいているだけのようにも見えるが、懸命に走っているのだ。
御主人様は興奮してきた。
「速いぞ一番!十番もがんばれ!六番、もう少しで四番を抜けるぞ!五番、そっちは逆だ!」
御主人様の声が大きくなると、教官に気付かれた。
「石原。授業中に何を騒いでいる?」
教官は机の前まで近寄ってきた。
とっさに御主人様は両手のひらであたしたちを覆い隠す。
「いえ、何でもありません」
でも、隣の生徒がチクった。
「先生!石原が机の上でシラミを競走させて遊んでまーす!」
「何だと!手をどけろ!」
教官に命令され、御主人様はしぶしぶ手をどけた。
教官がのぞきこむと、確かにそこにはあたしたちがうごめいていた。
「これが授業中にすることか!」
御主人様はしかられた。
御主人様が黙っていたので、あたしが代わって反抗してあげた。
『御主人様をいじめないで!』
ほかの「オンナ」も遠巻きながら、あたしに味方してくれた。
『御主人様はいい人よっ!』
『私たちに毎日新鮮な生き血をたらふく吸わせてくれるのよっ!』
『あんたなんか私の仲間たちをたたき殺して喜んでいるんでしょ?』
『うわ!鬼畜の所業だわ!サイテ〜』
教官はあたしをにらんだ。
あたしは嫌な予感がした。
教官は指を出してきた。
それは、あたしにとって超巨大隕石(いんせき)が降ってくるようなものだった。
あたしはあわてた。
『キャー!それだけはやめてー!』
あたしはバタバタ逃げようとした。
逃げ切れるはずがなかった。
ぽち!
あたしは、はじけちゃった……。
もっともっと御主人様にチューチューしてたかったのに〜。
[2012年10月末日執筆]
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