1.五重塔 | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2021>令和三年5月号(通算235号)味 三十帖冊子事件1.五重塔
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僕は遊んでいた。
少年の頃、新緑の中、小高い原っぱでチョウを追い回していた。
「クソガキ」
僕は背中を捕まえられた。
「ここは石敷きだから、転ぶと痛いぞ。遊ぶなら向こうで遊べ」
振り返ると、大きな筆を背負ったおじさんがいた。
僕は不思議がった。
「ここにはナニがあったの?」
おじさんは笑った。
「俺たちの先祖、正一位左大臣橘諸兄公(「辞任味」「橘氏系図」参照)の『夢の跡』だ」
「ゆめのあと?」
「ああ、橘諸兄公はこの井手寺(いででら。井堤寺・囲堤寺・円堤寺。京都府井手町)に、天にも届く高い高い塔を築こうとなされていた」
「スゲー!」
「しかし橘氏は、その後没落しちゃったため、建てるお金がなくなってしまった」
「なんだ。つまんないな」
「でも大丈夫だ。もうすぐ俺が建ててやる」
「ほんと?」
「本当だ。そのために俺は書で稼いでいる。建てたらおまえを塔の一番高いとこまで案内してやるぞ」
「わーい!」
でも、おじさんが五重塔を建てることはなかった。
承和の変で、島流しにされてしまったからである(「安保味」参照)。