ホーム>バックナンバー2002>３．刑部姫vs池田輝政

　慶長五年(1600)、関ヶ原の戦で西軍について敗れた木下家定は城を追われ、新たな城主がやって来た。
　織田信長の乳兄弟・池田恒興(いけだつねおき。池田信輝・池田勝入)の次男で、豊臣家七将の一人に数えられた豪将・池田輝政(てるまさ)である。

　輝政は関ヶ原の戦で福島正則(ふくしままさのり)らと共に東軍(徳川方)に参陣(「変節味」参照)、美濃岐阜城(岐阜県岐阜市)攻略などに活躍し、三河吉田(よしだ。愛知県豊橋市)十五万石から播磨姫路五十二万石に躍進した。
　まもなく、弟や幼い子供たちにも次々と領地が与えられ、一族で九十二万石を統治、西国最大の大大名となった。世の人々は彼のことを、「西国将軍」とも「姫路宰相百万石」とも呼ぶようになった。
　彼が外様大名にもかかわらず、このような出世をした理由は、徳川家康の女婿だったということにつきるであろう。

　さて、突然大富豪になった輝政、秀吉時代の城が気に入らなくなってきた。
「小さい！ 小さい！ こんな小さな城、西国将軍にふさわしくない！」
　 彼は三層の天守閣以下の建物をぶっ壊すと、新たな城を造り始めた。
　工事は慶長六年から始められ、約十年を要して本丸・二の丸・三の丸を完成させた。連立式天守閣など、現存する姫路城の大部分は彼が築いたものである。

　連立式天守閣は、五層六階地下一階の大天守と、三基の小天守からなる。
「家が大きくなったわ」
　刑部姫は大天守に住み着いた。でも、自分のことを相手にしてくれない輝政への当て付けで、時折悪さをしてやった。

　無気味な怪現象は、すぐに家臣たちのうわさになった。
「おい。おれ、天守閣で幽霊を見たぞ」
「わしは巨大な影を見た」
「夜中にはだれもいないはずじゃが、夜中に不気味な女の笑い声を聞いたぞ」

　怪文書まで出回った。
「輝政夫妻に呪(のろ)いをかけた。命が欲しくば城内に八天塔を作って祭れ」
　輝政は不機嫌になった。
「だれじゃ。そのような手紙を書いたのは？」
　家臣は首をかしげた。
「さあ。『天狗(てんぐ)より』と、書いてありますが……」
「天狗じゃと」
　輝政は笑った。
　が、バカげた話と笑い飛ばすことはできなかった。彼自身も化け物の夢にうなされていた。おかしな怪現象を目にしていた。刑部姫のたたりだといううわさも耳にしていた。
「なんかついてますよ」
　しょっちゅう家臣に指摘されれば、歴戦の豪将といえども気持ちが悪い。

　そのうちに輝政は病気になった。原因不明の難病である。さすがの彼も気弱になった。天守閣の鬼門に八天塔と刑部明神の祠と護摩堂(ごまどう)を建てさせた。
　すると彼の難病は、けろっと治った。
「やはり刑部姫のたたりだったのか」

　その晩、輝政の夢に刑部姫が現れた。
　いつもは鬼など化け物の姿だったので怖かったが、その晩は十二単の美女の姿で登場した。
「こんばんは」
「おお。刑部姫か。ちゃんと塔と祠とお堂を造って祭ってやったぞ。これで文句はあるまい」
「本当は大天守の中がいいのよね」
「分かった。そのうちに移してやるから、変な悪さはやめてくれ。みんな怖がっているではないか。そうじゃ、何か注文があればわしが聞いてやろう。一年に一度、まとめて聞いてやろう。出るのはその時の一回だけにしてくれ」
「いいよ」
　刑部姫はいやに素直だった。
　輝政は喜んだ。調子に乗って注文をつけた。
「出るときは化け物や狐の姿ではなく、今のような若い美女の姿で現れるように」
　刑部姫はふくれた。
「それなら、会う相手も若い方がいいわね」
「え、どういうことじゃ？」

　まもなく、輝政はコロリと死んだ。
　後継ぎはその長男で、三十歳の池田利隆(としたか)。

　以後、刑部姫は一年に一度、大天守に姿を現し、城主と会談を行うようになった。
　ただし、彼女に会えるのは城主だけで、他の人が興味本位に見にくると、怒って化け物の姿になって追い出すのだという。