4.亀は万年 | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2019>平成三十一年四月号(通算210号)改元味 天平改元4.亀は万年
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私は御主人様の仕事の都合で何度か引っ越しました。
霊亀年間(715〜717)に美濃介に任じられた時は、美濃国府(岐阜県垂井町)にも行きました。
御主人様の上司に当たる美濃守・笠麻呂(かさのまろ)は、十年以上も務めているベテラン知事です。木曽路を開通させた功労者で、霊亀二年(716)からは隣国の尾張守も兼任しています。
笠は御主人様の名前を知ると、喜びました。
「藤原麻呂――。私と同じ名前だね」
「よくある名前ですからね。四男にもなると、命名も適当になっちゃうんですよ」
「そういえば君は贈太政大臣淡海公(藤原不比等)の坊ちゃまだったね。君の兄さまたちは出世しているけど、君はまだ地方官の次官なんだ」
「ワケアリなんですよ。出世欲もありませんし。僕はただ、酒と音楽と女がいればそれでいいんですよ」
「ふーん、私は出世欲の塊だよ。それでも私の家柄では、地方官の長官が限界だ。うまくいかないもんだね」
「でも、尾張守も兼任してたいしたもんですよ。出世のコツでもあるんですか?」
「コツは上司に気に入られることだね」
「守さま、お肩をおもみいたしましょうか?」
笠が振り払って笑った。
「私じゃない!天皇陛下だよ。人事の最終権限を握っておられるお方だからね」
「ですか」
「近々、おもしろいことが起こる。君も巻添えで出世することになるかもよ」
「え?」
霊亀三年(717)九月、時の女帝・元正天皇三十八歳(独身)が美濃に行幸しました。
「多度(たど。三重県多度町)の山からわき出る若返りの美泉に案内せよ」
「ははっ」
笠麻呂が流したデマが都に届き、彼女の美容魂を揺さぶったのです。
笠や御主人様は、美濃の多芸(たぎ。岐阜県養老町)にある美泉に案内しました。
これがいわゆる「養老の滝」です。
元正天皇が滝を見上げて聞いた。
「この滝の水を飲むと若返るのか?」
「はい、そう伝えられております」
「本当に効果はあるのか?」
「そう聞かれると存じまして、この滝の水を愛飲している地元の女子たちを連れてきました」
笠は地元の女性たちを並べて元正天皇に尋ねました。
「この女子、何歳に見えますか?」
「十七、八」
「残念。三十二歳」
「えー!」
「じゃあ、そちらの少し年上の女子は何歳?」
「うーん、二十五歳」
「いいえ、三十八歳」
「マジか!!」
「じゃ、このおばさんは?」
「四十代?」
「ざーんねん、なんと七十七歳」
「ウッソーーー!!!」
女子たちはまるで操られているかのように個人の感想を述べました。
「私たち、毎日この泉を飲んでいます」
「おかげさまでお肌はピチピチウルウルです」
「毎朝すっきり目覚めます」
「ダラダラがスカッとなります」
「この水を飲んでいたら、もうほかの水は飲めません」
「無料ってのがうれしいですわよね」
元正天皇はまんまとお客さまになった。
「欲しい! 朕も飲むわ! ゴックゴク飲んでやるわよ!」
七日間飲んだり浴びたりしていたところ、心なしか若返ったような気がしました。
感激した元正天皇は、帰京後の十一月に「養老」と改元しました。
この時の功により、笠は従四位上、御主人様は従五位下を授けられました。
御主人様は私にも養老の滝の水を飲ませてくれました。
「どうだうまいか? これでおまえも若返って万年生きられるようになるぞ」
残念ながら、そうはなりませんでした。