5.捨てる亀あれば拾う亀あり

ホーム>バックナンバー2019>平成三十一年四月号(通算210号)改元味 天平改元5.捨てる亀あれば拾う亀あり

東京五輪は呪われているのか?
1.ドジでノロマな亀
2.亀のみぞ知る
3.亀亀亀亀さわ〜る亀亀
4.亀は万年
5.捨てる亀あれば拾う亀あり

 月日は流れました。
 養老八年(724)二月、元正天皇は皇太子・首皇子(おびとおうじ・おびとのみこ)に譲位しました。首皇子は即位し
(聖武天皇)、「神亀」と改元しました。
 左京の住人・紀家
(きのいえ)が珍しい白い亀を献上したためです。
 為政者も代わりました。
 藤原不比等死後、政権を担っていた左大臣・長屋王
(ながやおう)が神亀六年(729)二月に謀反を企んだとされて自邸を包囲されて自殺したためです(「令和味」参照)
 長屋王をおとしめたのは、御主人様の兄たちでした。
 この後、長屋王に代わって御主人様を含む藤原四兄弟が政権を担うようになりました。いわゆる「藤原四子政権」です。
 すでに左京大夫に任じられていた御主人様は、従三位を授かって公卿
(くぎょう)に列しました。

 御主人様は例のように私を持ち上げて秘密を明かしてくれました。
「人を押しのけて出世したって、僕は全然うれしくないよ。親王殿下
(長屋王)は何も悪くなかった。無実の罪を着せられたんだ。僕は殿下を罰することに反対した。しかし兄さんたちは許してくれなかった。激しい恨みを買った者がタダで済むはずがない。今に何か悪いことが起こるだろうよ」

 しばらくして、私はぽっくりと死んでしまいました。
「天平、どうした?」
 私は当然、揺さぶっても動きませんでした。
「わー! 亀は万年生きるんじゃなかったのかー!」
 御主人様は身震いしました。
「ほら、起こった! 長屋王のたたりだ!兄たちの醜い権力欲によって、僕は何よりかけがえないものを失ってしまった……」
 御主人様は私を持ち上げて号泣しました。
「うわーん! ごめんよー! 僕が悪かった! もっと強行に兄たちに反抗しておけばよかった! ひーん!」
 御主人様は泣きやむと、私の亡骸を持って出かけました。
「天平よ、故郷に戻してやるぞ」

 御主人様は泉川に向かいました。
 そして、川に私の亡骸を流してくれました。
 ごろりん、ごろりん、ごろりんこ。
 御主人様は転がり流されていく私を見ながら、手を合わせて祈りました。
「天平……。君のことはいつまでも忘れないよ。僕だけじゃない。みんなにも忘れてほしくない。何とかして君の名を永遠に残しておく方法はないものか……」
 そんな御主人様の視界に、一匹の亀が入りました。
「天平か?」
 御主人様は亀がいた岩陰に駆け寄りました。
 亀はノソノソ歩いていました。
「天平が生き返ったのか?」
 そんなはずありませんでした。
「だよな。別の亀だよな。珍しくもない亀だったから、似た亀はいくらでもいるよな」
 御主人様は私に似た亀を持ち上げました。
 そして、見つめているうちにひらめいたのです。
「そうだ! 珍しくもない亀を、珍しくする方法があった」

 八月、御主人様は背中に「天王貴平知百年」という文字が刻まれた亀を聖武天皇に献上しました。
「泉川で見つけました。すごいですよこれは! このようにめでたい文字が刻まれた亀の発見は前例がありません! 改元ものですよ!」
「そうなのか」
 聖武天皇は「天平」と改元しました。
 こうして私の名は、半永久的に残ることになったのです。

[2019年3月末日執筆]
ゆかりの地の地図
参考文献はコチラ

※ 藤原麻呂は亀を飼っていなかったかもしれません。

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