1.阿倍御主人の場合 | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2018>平成三十年11月号(通算205号)金持味 阿倍御主人&大伴御行の作戦1.阿倍御主人の場合
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阿倍御主人は政界ナンバーツーの右大臣。
壬申の乱の功臣で金持ちである。
「何としても火鼠(ひねずみ)の皮衣を手に入れてかぐや姫を嫁にしてみせる」
御主人は知り合いの中国商人・王卿(おうけい)に手紙を書いた。
「唐(とう。古代中国)に火鼠の皮衣というものがあるという。カネはいくらでも出す。買ってきてほしい」
王卿はOKした。
御主人は舎人の小野房守(おののふさもり)に大金を届けさせた。
王卿は返答した。
「ただ今、唐には在庫がございませんあるよ。待っていれば来ると思いますが、何年かかるかわかりませんあるよ。お急ぎなら割増料金で産地の天竺(てんじく。古代インド)まで取りに行かせますあるけど?」
「頼む。急いでいるんだ。カネはいくらでも出す。天竺まで取りに行ってくれ」
「ありがとうございますあるよ〜」
しばらくして、火鼠の皮衣が手に入ったという知らせがもたらされた。
御主人は喜んで房守を出迎えた。
王卿からの手紙にはこう書かれてあった。
「火鼠の皮衣、天竺で苦労して探し出して買うことができましたのでお届けいたしますあるよ。代金が足りませんでしたので、私の財布から不足分を出しておいてあげたあるよ。だから、私に五十両(砂金約五百匁)」送金してねあるよ。送金できないなら、皮衣は返してねあるよ」
御主人は狂喜した。
「よくぞ送ってくれた! カネはすぐに送らせよう。ありがたやありがたや〜」
唐の方向を見て拝んだ。
皮衣は色紙で飾られた木箱に入っていた。
開けてみると美しい毛皮があり、品のある香りがした。
「さてと」
御主人はかぐや姫に会いに行く前に和歌を詠んだ。
限りなき思ひに焼けぬ皮衣袂(たもと)かはきて今日こそは着め
(激しい恋の炎にも焼けない皮衣をゲットできてチョーうれしーぜ。苦労なんてもう忘れた。バッチリ決めて出かけて嫁をゲットだぜ)
「姫。これがかの有名な火鼠の皮衣でございます」
「――だ、そうです」
竹取の翁の取り次ぎでかぐや姫が皮衣を受け取った。
箱を開けて中を見てみた。
パカッ、ジロジロ。
「確かに美しい毛皮ね」
が、見ただけでは本物かどうかわからなかった。
それでも、竹取の翁は確信した。
(この美しさ、この重厚感。今度こそ本物じゃ)
竹取の翁は、手早く布団を敷き始めた。
かぐや姫は不機嫌になった。
「まだ本物って決まったわけじゃないわよ」
「本物に決まっているじゃないですか〜」
「本物かどうか確かめる方法はただ一つ、実際に火にくべてみるしかないわ。火にくべても焼けなかったら、私はこの人と結婚しましょう」
竹取の翁は御主人をうかがった。
「――だ、そうです」
御主人は承諾した。
「どうぞどうぞ。火にくべてみてください。燃えるはずありませんので」
かぐや姫は皮衣を火にくべさせてみた。
パチパチパチ。
すると皮衣は、
メラメラ!ぼうぼう!ぼうじょれーぬうぼう!
と、音を立ててあっという間に燃え尽きてしまった。
「あら? あらら〜?」
とたん、かぐや姫はうれしそうに吠(ほ)えた。
「ニセモノよ、ニセモノ! なんか別の動物の皮だったようね。ざーんねん! どうぞお帰りくださいませませっ!」
「そ、そんな……。大枚はたいたのに〜」
御主人は消沈して帰っていった。