2.大伴御行の場合

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金持ちたちの暗躍
1.阿倍御主人の場合
2.大伴御行の場合

 大伴御行は大納言。
 古くは代々大連を務めてきた武門の棟梁で、お金持ちである。
 御行は豪邸にいる舎人全員を集めた。
「竜の首に五色に光る玉があるという。それを取って来た者には、望むがままの褒美をやろう」
 舎人たちはおかしな顔をした。
「竜の首の玉なんて、見つけたところでどうやって手に入れるんですか?」
「竜を殺して切り取るしかあるまい」
「竜って強いんじゃないですか?」
「なあに。おまえたちも十分強い。朝廷最強の大伴軍団一員じゃないか」
「そもそも竜って、どこにいるんですか?」
「竜巻の中にいるから、まずは竜巻を見つけることだ」
「竜巻はどこに出るんですか?」
「それはあちこち探してみないとわからない。天気が悪い時に出るという」
「竜巻って見たことないんですけど」
「俺もないが、見れば誰でもソレとわかるそうだ」
「へー」
「というわけだ。今日からおまえたちには邸内での仕事はない。竜を探しにあちこち回って来い。玉を取ってくるまで帰ってくるんじゃないぞ」
「はあ」

 御行は資金として舎人たちに絹や綿や銭などをたくさん配った。
 がぜん、舎人たちにやる気が出てきた。
「わかりました。竜、探してきます!」
「玉、取ってきます!」
「私は山の方へ!」
「おいらは海の方へ!」
「僕は家の近くに出るかもしれないんで、がんばって自宅待機!」
 こうしてほとんどの舎人たちは方々へ散っていった。

 御行は自邸で待つことにした。
 精進潔斎して玉の獲得をひたすら祈った。
「そうだ! 天下の美女を嫁に迎えるんだから、こんなボロ屋ではいけない」
 ということで、豪邸をより豪邸に建て替えることにした。
「新築よ、新築」
 御行は喜んでいた紀音那
(きのおとな)ら妻や妾を全員集めて告げた。
「話がある」
「何ですか?」
「おまえたち、ジャマ」
「はあ?」
「俺はかぐや姫と結婚するんで、おまえたちとは全員離婚する」
「!」
「わかったら前妻元カノたちは早く出て行け。シッシッ!」
「!!」

 こうしてオンナたちを処分した御行は、舎人たちが帰ってくるのをひたすら待った。
 が、年が改まっても誰一人帰ってこず、何の便りも届かなかった。
「みんな何をしているんだ?」
 御行は残っていた舎人二人を連れて難波の湊へ迎えに行った。
 浜辺に海の男がいたので聞いてみた。
「おい君。大伴の大納言に仕える者が竜の首の玉を取って帰って来たという話を聞いてないか?」
「さあ?」
「玉を取るためにこの湊から船出したという話は?」
「知りませんて」
 海の男は笑った。変な人にはかわりたくない顔をしていた。
 他の人に聞いても、みな同じような答えであった。
「らちが明かねえ」
 御行は決意した。
「こうなったら、自分で竜の玉を取ってきてやらあ」

 御行は舎人二人を連れて難波から船出した。
 舵
(かじ)取りが聞いた。
「どこへ行きますか?」
「竜のいるところだ」
「え?何ですって?」
「竜巻が出るところだ」
「そんなの、危ないじゃないですか。そんなところへ何をしに行くんですか?」
「玉を取りに行くのだ」
 舵取りはおびえた。
「あ、あっしは物騒なことにはかかわりたくないです」
「銭は出す。つべこべ言わずに行け」
 御行は銭束を渡した。
「へい」
 カネが恐怖に勝った。

 舵取りは海へ漕ぎ出した。
 竜を探して航海しているうちに九州沖にたどり着いた。
 そこで風が激しくなり、あたりが暗くなった来た。
「お、竜が出るような雰囲気だぞ」
 御行は矢をつがえて弓を構えた。
「出てこい! 俺の強弓でしとめてくれよう!」
 雨が降り、雷まで光りはじめると、喜んでばかりいられなくなった。
 ぐぐぐくぐぐわーんぐわーん! ざぱー! ざぱー!
「おえっぷ!」
「げろげろぷっしゃー!」
「びっちゃびちゃやー!」
 船は大きく揺れ、何度も波しぶきが覆いかぶさってきた。
 ピカッ! ゴロゴロ〜、ビシャーン!
「ひゃっ!」
 空はうなり声をあげ、ついに至近で落雷による波しぶきが立った。
 どろどろに濡れながら御行が舵取りに頼んだ。
「おい、さすがにこれはひどすぎる。何とかしてくれ」
 舵取りは泣きそうであった。
「ずいぶん長いこと船乗りしてきましたけど、こんな怖いのは初めてです。海の神様がお怒りなのです。竜神様がお怒りなのです。この船はきっと沈没してしまうでしょう。みんな死んでしまうでしょう」
「何てことを言うんだ! それだけは勘弁してくれ!」
「だってそうじゃないですか! 竜を殺すなんて言っている人を同乗させているんですよ! 竜神様が怒らないはずないじゃないですか!」
「何だと? この荒天は俺のせいだと申すのか?」
「そうですよ! ためしに竜神様に謝ってみてください! 竜を殺さないって約束してみてください!」
「うう……、だがしかし、竜を殺さなければ玉を取ることはできない」
 ざばばーん! しゃばだばしゃばだばー!
 最大の波が船を襲った。
 ぎぎぎぃーん。
 浸水した船は大きく傾き始めた。
 舵取りは心の底から叫んだ。
「沈んじゃうよー! 早く謝ってくださーい!」
 御行は決意するしかなかった。
「わかった! 謝る! 神よ! 竜神様よ! もう竜を殺すなんて言わない! かぐや姫なんてあきらめた! 頼むから、命だけはお助けくださいっ! お願いしますよぉ〜!」
 御行は何度も何度も謝った。
 立ったり座ったり土下座したりして千度ほど謝罪した。

 すると、風がやんできた。
 波も穏やかになってきた。
 雷鳴は止み、空が晴れ渡った。
「竜神さまぁ〜ありがとうございますぅ〜」
 御行たちは胸をなでおろした。

 船は順風が三、四日続いて明石の湊に帰ってきた。
「ここはどこだ? 南海のあたりか?」
 御行は船酔いがひどく、起き上がることもできないほど衰弱していたので気づいていなかった。
「明石に着きましたよ」
「おお、南海ではなかったのか」
 御行は起き上がったものの立ち上がれなかった。
 舎人たちが播磨国庁
(兵庫県姫路市)で手輿(てごし。タンカのような輿)を用意させて御行を自邸まで運ばせた。

 御行がボロボロになって帰還したのを聞きつけて、方々に玉を取りに行っていた舎人たちも駆け付けて謝った。
「竜は見つかりませんでした」
「玉が手に入らなかったので、今まで報告もできませんでした」
「誠に申し訳ございません〜」
 御行は逆に謝ってねぎらった。
「いやいや、こっちこそ無茶を言ってすまなかった。玉など取れないほうがよかった。もし俺やおまえたちが竜を殺そうとしていたら、みんな瞬時に命を落とすところであった。よかったよかった。悪いのは全部かぐや姫だ。あの大悪党が俺たちをワナにはめようとしやがったのだ。それにしてもなんてひどいアマだ! 俺はもう、あんな恐ろしい女の家には行かない。命が惜しかったら、おまえたちもあんなアマんちの近辺をうろつくんじゃないぞ」
「もちろんですとも〜」

 紀音那ら追い出した妻たちも帰ってきた。
 音那はボンボンにはれた御行のまぶたを見て笑い転げた。
「キャーヒッヒ! 何その顔! 両目にスモモつけてるみたい! 傑作だわ! 罰が当たったのよ! ウフプ! どっはー!」
 御行は反論もできなかった。
 音那は貞婦として知られ、夫の死後の和銅五年(712)九月に、元明天皇から食封五十戸を与えられたという。

(「仰天味」へつづく)

[2018年10月末日執筆]
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