★ 剣豪将軍最初で最後の腕試し! 血噴き肉飛ぶ二条御所!
 〜室町幕府十三代将軍・足利義輝(あしかがよしてる)の豪剣!!

ホーム>バックナンバー2004>日本剣術史

日本剣術史
1.義輝誕生〜 逃げ回るオヤジたち
2.義輝将軍 〜 卜伝流奥義「一之太刀」
3.義輝不満 〜 誰も相手にしてくれない
4.義輝最期 〜 二条御所の死闘

 平成十六年(2004)のNHKの大河ドラマは『新選組!(しんせんぐみっ)』、幕末の剣豪集団の物語である。
 そういえば、前年の『宮本武蔵
(みやもとむさし)』も剣豪であった。
『武蔵』のほうは、『七人の侍
(黒沢明監督)』からの盗作疑惑騒動に見舞われたが、そもそも「二番煎じ」に共感する方が少ないことは、低迷しまくった視聴率が如実に物語っている(「二刀味」「対立味」等参照)。

 剣豪の操る剣術の起源は古く、弥生時代までさかのぼる。
 北部九州における支石墓甕棺墓・箱式石棺墓
(はこしきせっかんぼ)から銅剣が出土することがあるのだ。剣の発祥と同時に、それを振るう剣術も誕生したはずである。

 古く、剣術は「撃剣(げきけん)」と呼ばれた。
 古墳時代には、伝十代大王・崇神天皇
(すじんてんのう)の時代に豊城入彦命(とよきいりひこのみこと。崇神天皇の皇子)が夢の中で撃剣を行ったことが『日本書紀』に記されている。
 また、飛鳥時代の大津皇子
(おおつのおうじ・おおつのみこ。天武天皇の皇子。「粛清味」参照)は撃剣の達人だったと伝えられている。

 奈良時代には、刀剣を専門に作る職人・刀鍛治(かたなかじ。刀工)が現れた。
常陸国風土記』には、砂鉄から刀を作った佐備大麻呂
(さびのおおまろ)なる鍛治が登場し、伝説的な大和の刀鍛治・天国(あまくに)は、刀工の祖とされている。

 平安時代になると、武芸のプロフェッショナル「武士」が登場する。
 これによって剣術は盛んになり、刀も改良された。それまで直刀だった刀身にソリが加えられ、お馴染みの「日本刀」が誕生したのである。
 この頃の刀工として、伯耆の安綱
(やすつな。横瀬三郎太夫)備前の友成(ともなり。長船派の祖)・正恒(まさつね。奥州太郎)らが知られている。

 鎌倉時代、武士が政権を盗ると、刀はより重要性を帯び、刀工の地位も向上した。
 山城粟田口吉光相模岡崎正宗備前長船長光らは、いずれも高校教科書掲載級の有名人である。これら有名刀工の作品が武士の間でもてはやされるブランドになっていくのである。

 室町時代になると剣術に流派が生じ、安土桃山〜江戸時代にかけてそれらは乱立する。
 剣僧・慈音
(じおん。念阿弥慈恩)は、信濃で摩利支天(まりしてん)のお告げにより念流(ねんりゅう)を創立、ここから一刀流(いっとうりゅう。祖は伊藤一刀・伊東景久)、中条流(ちゅうじょうりゅう。祖は中条兵庫頭・中条長秀)、富田流(とんだりゅう。祖は富田九郎右衛門・富田長家)、鐘捲流(かねまきりゅう。祖は鐘捲自斎・鐘捲通家)、馬庭念流(まにわねんりゅう。祖は樋口又七郎・樋口定次)、平常無敵流(祖は山内甚五兵衛・山内一真)、小野派一刀流(祖は小野次郎右衛門・小野忠常)、中西派一刀流(祖は中西忠太・中西子定)、甲源一刀流(こうげんいっとうりゅう。祖は逸見太四郎・逸見義利)、北辰一刀流(ほくしんいっとうりゅう。祖は千葉周作・千葉成政)、無刀流(むとうりゅう。一刀正伝無刀流。祖は山岡鉄舟・山岡高歩)、古藤田派(祖は古藤田勘解由左衛門・古藤田俊直)、正木(守慎流。祖は正木太郎大夫・正木利充)、忠也派(祖は伊藤忠膳・伊藤忠也)、溝口派(祖は溝口新五左衛門・溝口正勝)、梶一刀流(梶派。祖は梶新右衛門・梶正直)、天心独明流(天心独名流。祖は根来独身・根来重明)、天心一刀流(祖は寺田五郎右衛門・寺田宗有)、正法念流(祖は上坂半左衛門上坂・安久)、家川念流(祖は清水八右衛門・清水隆通)、荒川念流(祖は荒川外記)、奥川念流(祖は光明院行海)、巌流(祖は佐々木小次郎・佐々木巌流)、長谷川流(祖は長谷川宗喜)、涼天覚清流(祖は堀口喜内・堀口貞勝)などに分派した。

 下総の剣豪・飯塚長威(いいづかちょうい。飯塚家直)は香取神(かとりしん)のお告げによって神道流(しんとうりゅう。天真正伝神道流・香取神道流・鹿島新当流・新当流)を確立、ここから卜伝流(ぼくでんりゅう。当流。祖は塚原卜伝・塚原高幹)、一端流(祖は諸岡一端・諸岡景久)、竹森流(祖は竹森源七・竹森次忠)、卜伝末後流(祖は石原市兵衛・石原吉家)、天道(天流。祖は斎藤伝鬼坊)、有馬新当流(ありましんとうりゅう。祖は有馬大和守・有馬乾信)、微塵流(祖は根岸兎角)、加古流(祖は加古利兵衛・加古正直)、本間新当流(祖は木幡忠兵衛・木幡清忠)などに分派した。

 伊勢出身の剣客・愛洲移香(あいすいこう。愛洲日向守・愛洲久忠)日向で鵜戸神(うどしん)のお告げによって陰流(かげりゅう。愛洲陰流)を創立、ここから新影流(しんかげりゅう。祖は上泉武蔵守・上泉信綱)、柳生新陰流(やぎゅうしんかげりゅう。祖は柳生但馬守・柳生宗厳)、大捨(タイ捨流。祖は丸目蔵人頭・丸目長恵)、直心影流(じきしんかげりゅう。祖は山田平左衛門・山田光徳)、疋田流(ひきたりゅう。疋田影流・新影之流・新陰疋田流。祖は疋田豊五郎・疋田景兼)、安陪流(あべりゅう。円流。祖は安陪五郎太夫・安陪頼任)、夕雲流(祖は針ヶ谷夕雲)、真心流(祖は神谷伝心・神谷真光)、松田新陰流(祖は松田織部・松田助清)、神影流(祖は奥山孫次郎・奥山公重)、戸田流(祖は戸田越後・戸田綱義)、無敵流(祖は進藤雲斎)、小栗流(祖は小栗仁右衛門・小栗正信)、小栗新流(祖は渡部勘十郎・渡部成勝)などに分派した。

 また、二天一流(にてんいちりゅう。二刀流・円明流。祖は宮本武蔵・宮本玄信)、示現流(じげんりゅう。祖は東郷肥前守・東郷重位)、鏡新明知流(きょうしんめいちりゅう。祖は桃井八郎左衛門・桃井直由)、神道無念流(しんとうむねんりゅう。祖は福井兵右衛門・福井嘉平)、鈴木派無念流(祖は鈴木大学・鈴木重明)、東軍流(祖は東軍僧正)、丹石流(祖は衣斐一左衛門)、雖井蛙(井蛙流。祖は深尾角馬・深尾重義)、実手(鉄人流・青木流。祖は青木鉄人・青木金家)、天然理心流(てんねんりしんりゅう。祖は近藤内蔵助・近藤長裕)、無外流(祖は都治月丹・都治資茂)、吉岡流(祖は吉岡憲法・吉岡直元)、荒木流(祖は荒木無仁)、一伝(祖は浅山一伝・浅山重晨)、心形刀流(祖は伊庭是水軒・伊庭秀明)、柳剛流(祖は岡田総右衛門・岡田奇良)、武蔵流(祖は楠田円石・楠田好政)、十智流(祖は松井市正)、角田流(祖は角田半平治)、円流(祖は八田九郎右衛門・八田知義)、当流(祖は山本三夢・山本玄常)、松井二刀一刀流(祖は松井親重)、薬丸(自顕流。祖は薬丸大炊兵衛・薬丸兼陳)、小田流(祖は小田讃岐守・小田孝朝)、東軍無敵流(祖は坂口八郎右衛門・坂口勝清)、東軍新当流(祖は矢野佐五右衛門・矢野清親)、無眼流(祖は三浦源右衛門・三浦政為)、宝山流(祖は堤山城守・堤宝山)、大束流(祖は大束万兵衛・大束良興)、弘流(祖は樋口七郎右衛門・樋口不堪)、太子流(祖は三清入道)、静流(祖は望月相模守・望月定朝)、願流(祖は松林左馬助・松林永吉)、無明流(祖は石田伊豆守)、無海流(祖は無一坊海円)、貫心流(祖は宍戸司箭・宍戸家俊)、集成流(祖は波多野直好)、自源流(祖は自源坊)、源流(祖は木曽庄九郎)、判官流(祖は池原五左衛門・池原正重)、二階堂流(祖は二階堂山城守・二階堂行政)、神道一心流(祖は櫛淵弥兵衛・櫛淵宣久)、京流(祖は荒井治部少輔)、鞍馬流(祖は大野将監)、諏訪流(祖は方波見備前守)、今川流(祖は今川越前守・今川義真)、融和流(祖は伊藤伴右衛門・伊藤高豊)、一得流(祖は小島一得)、貴直流(祖は稲垣十郎左衛門・稲垣貴直)、久保流(祖は久保作十郎・久保宗喜)、神武流(祖は若山太郎左衛門・若山政輝)、機迅流(祖は依田新八郎・依田秀復)、千葉流(祖は河村道覚)、立花流(祖は八重樫太郎左衛門)、諸賞流(祖は土川仁和衛門・土川至親)、捨像流(祖は高木太左衛門)、法心流(祖は金子弥次右衛門・金子夢幻)、新天流(祖は上遠野隠岐)、心照流(祖は服部半四郎・服部忠胤)、別伝流(祖は別伝弾正)、真陰流(祖は真野文左衛門)、堀内流(祖は堀内源太左衛門・堀内正春)、正天狗流(祖は池田五左衛門・池田正重)、二葉天明流(祖は橋本若狭・橋本綱平)、理方得心流(祖は今枝一致)、富士浅間流(祖は中山一心・中山呑竜)、日下一旨流(祖は槙野久兵衛・槙野茂俊)、大平真鏡流(祖は若名主計・若名豊重)、三和無敵流(祖は伊藤十郎左衛門・伊藤清長)、無滞体心流(祖は夏見族之助)、神明夢想東流(祖は東下野守・東元治)、天下一夢想天流(祖は長沢主殿頭・長沢忠成)なども知られている。

 幕末、再び世が乱れてくると、剣の重要性が再認識され、ネコも杓子(しゃくし)も剣術を学び始めるようになる。
 幕末維新の傑人たちも例外ではなかった。
 高杉晋作
(「攘夷味」参照)木戸孝允藤田東湖・品川弥二郎(しながわやじろう。「選挙味」参照)・山尾庸三(やまおようぞう)・楠本正隆(くすもとまさたか)・鈴木春山(すずきしゅんさん)・渡辺昇(わたなべのぼる)・永倉新八(ながくらしんぱち)らは神道無念流を、坂本竜馬・有村治左衛門(ありむらじざえもん。有村兼清)・山南敬助(やまなみけいすけ)・藤堂平助(とうどうへいすけ)らは北辰一刀流を、中岡慎太郎・武市瑞山(たけちずいざん)・岡田以蔵(おかだいぞう)・伊藤竜太郎(いとうりゅうたろう)らは鏡新明知流を、近藤勇(こんどういさみ)・土方歳三(ひじかたとしぞう)・沖田総司(おきたそうじ)らは天然理心流を、勝海舟らは直心影流を、清川八郎(きわかわはちろう)らは中西派一刀流を学んでいる。

*          *          *

 さて、今回は室町時代の剣豪のお話である。
 流派は卜伝流。師の塚原卜伝
(つかはら・つかばらぼくでん)から奥義「一ノ太刀」を授けられたとされる高弟である。
 ただし、彼はただの剣豪ではなかった。剣豪である前に、室町幕府将軍であった。
 室町幕府十三代将軍・足利義輝
(あしかがよしてる)である。

 本来であれば、将軍が真剣勝負をすることはありえない。
 が、運がいいのか悪いのか、歴史は彼に最高の舞台を用意してくれた。
 彼の最期は悲劇である。
 同時にそれは、彼の生涯で最初で最後の花舞台であった。

[2004年1月末日執筆]
参考文献はコチラ

「足利義輝」主な登場人物 

【足利義輝】あしかがよしてる。室町幕府13代将軍。塚原卜伝の門弟。

【塚原卜伝】つかはらぼくでん。剣豪。卜伝流の開祖。義輝の師。

【細川晴元】ほそかわはるもと。管領家家督。義輝の家来。
【六角定頼】ろっかくさだより。管領代。南近江守護。義輝の家来。

【細川隆是】ほそかわたかよし。義輝の家来。
【三好長慶】
みよしながよし。管領家家宰。細川晴元の家来。松永久秀の主人。
【三好義継】みよしよしつぐ。三好長慶の子。松永久秀・三好三人衆の主人。

【松永久通】まつながひさみち。松永久秀の子。三好義継の家来。
【三好三人衆】三好長逸
(ながゆき)・三好政康(まさやす)・石成友通(いわなりともみち)の三人。

【池田 某】三好義継の家来。
【その他義輝の家来たち】

【松永久秀】まつながひさひで。三好長慶・義継の家来。義輝の仇敵。

歴史チップスホームページ

inserted by FC2 system