足利義輝２．義輝将軍～卜伝流奥義「一之太刀」

２．義輝将軍～卜伝流奥義「一之太刀」

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日本剣術史

１．義輝誕生～逃げ回るオヤジたち

２．義輝将軍～卜伝流奥義「一之太刀」

３．義輝不満～誰も相手にしてくれない

４．義輝最期～二条御所の死闘

　天文十五年(1546)十二月、足利義輝は近江の日吉大社(滋賀県大津市)で元服し、父足利義晴から将軍を譲られ、十三代将軍に就任した。
　時に義輝十一歳。義晴三十六歳。

「お飾りはオヤジよりコドモ」
　擁立者の魂胆が見え見えの将軍交代劇である。
　擁立者とは、当時の実力者、管領家家督・細川晴元(「細川氏系図」参照)、および、管領代を務めた南近江守護・六角定頼(「六角氏系図」参照)。
「御立派でございます～」
　晴元や定頼は人形のように着飾った義輝を褒めたたえたが、二人とも目が座っていた。
（うまくいった。これからはわしらの天下じゃ）

　当然、義輝はこの二人に頭が上がらなかった。でも、将軍様だから、言葉遣いは横柄である。
　彼は尋ねた。
「晴元よ。幕政って何じゃ？幕政って、将軍サマのお仕事じゃないのか？」
　晴元は笑ってしまった。
「それはそれは大昔のお話でございます～。いまどきのコドモはそういった難しいことには関わらず、元気に外で遊んでいるものじゃ。シッシッ！」
　外におっぽり出された。

　義輝が小石を蹴(け)ってブツクサ言っていると、
「どうした？身分の高そうなボーズ」
　と、誰かが話し掛けてきた。
　むさくるしい武者修行であった。
「ボーズじゃないやい。将軍サマだぞ」
「ハハ！将軍様でしたか！おい。下克上の今の世では通用しないウソじゃよ」
「ホントだってば！」
　武者修行はマジな顔になった。
「いい加減にしろ、ボーズ。今の時代はな、名前じゃない。実力の勝負じゃ。刀一本で天下を盗れる時代になったんじゃ。そんなウソが付ける口があったら、その刀を振って練習しろ！わしに切りかかって来い！」
「よし、切ってやる！」
　義輝は刀を抜いた。武者修行に切りかかった。無茶苦茶に振り回した。
　武者修行は笑った。難なくかわしていたが、フンフン笑って言った。
「やるな、ボーズ。本格的に教えてやるから、わしについて来い」

　武者修行は塚原卜伝であった。
　鹿島神宮(かしまじんぐう。茨城県鹿嶋市)神官の子で、常陸塚原城主・塚原安幹(やすもと)の養子になり、新当流剣術を学習、新たに卜伝流なる流派を興した剣客である。
　義輝は彼のもとで修行し、めきめきと腕を上げ、卜伝流奥義「一之太刀」を授けられるまでになった。

　では、卜伝流奥義「一之太刀」とは何か？
　戦国時代の軍記物語『関八州古戦録(かんはっしゅうこきろく。槙島昭武編)』や『甲陽軍艦(こうようぐんかん。小幡景憲編？)』には、次のようなことが書かれている。

　　『天の時』『地の利』『人の和』があれば、一撃必殺の剣『一之太刀』を繰り出すことができる。

　「天の時」とは、天体の動きや天候のことであろう。
　敵が予想しない時刻に現れたり、太陽を背にしたり、風上に立ったりすることによって、事前に優位を得ておくのである。

　「地の利」とは、そのままであろう。
　ホームゲームに持ち込んだり、戦場の下見を十分にすることによって、事前に優位を得ておくのである。

　「人の和」とは、自分の中の精神的な面であろう。
　絶対勝てるという自信を持ち、自分の中にある「弱さ」を払い飛ばしておくことである。

　つまり「一之太刀」とは、必ず勝てる相手にだけ繰り出すことができる、必勝無敗の奥義なのである。
　逆にいえば、ほんの少しでも負ける可能性がある場合には戦わないということである。「無手勝流(むてかつりゅう)」という逸話は、そのことから誕生したのであろう。

＊　　　　　　　　　　＊　　　　　　　　　　＊

　あるとき卜伝は、近江矢橋(やばせ。滋賀県草津市)の渡し舟の中で武者修行と居合わせた。
　武者修行は舟の中で剣の腕の自慢話をしまくっていた。
「わしより強いものはない」
　黙って聞いていた卜伝だったが、挑発してやった。
「お手前が強いことはよく分かった。しかしわしの『無手勝流』では、お手前に勝つことはできないが、負けないことはできるぞ」
　武者修行は腹を立てた。
「ならばその『無手勝流』とやらで、拙者と真剣勝負をせい！」
「分かった。では、あそこにある離れ小島で勝負することにしよう。船頭さん。あそこまで送ってくれ」

　まもなく、船は離れ小島に着いた。
　武者修行は先に下りると、刀を抜いた。
「勝負だ！」
「そうせかせるな」
　卜伝は船頭からさおを借りると、勢いをつけて舟から下りると見せかけて、そのままさおを突いて舟を漕ぎ出してしまった。
　武者修行は驚いた。慌てて遠のく舟を追いかけた。
「や！卑怯な！逃げるのかっ！」
　卜伝が逃げながら言ってやった。
「戦わなければ絶対に負けることはない。これが『無手勝流』よ」

＊　　　　　　　　　　＊　　　　　　　　　　＊

　卜伝は義輝に言い聞かせた。
「この時代に信じられるものは、自分の腕だけじゃ。肩書きなんぞ、クソのふたにもならぬ。強くなることじゃ。強くなれない者には、死があるのみじゃ」