★ 大垣城のために

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加計学園問題
★ 大垣城のために

「四層なんですよ」
「何。三層四階ではなかったのか?」
「いえ。四層四階です。どう見てもそう見えます」
「『四層』は『死相』に通じるという。縁起でもない。何とかならぬか?」
「何とかしてみましょう」

*            *            *

 張りつめた山伏が美濃大垣(おおがき。大柿。岐阜県大垣市)城下にやって来ていた。
 顔を真っ赤にし、目を血走らせ、エビぞりになって何か大声で叫んでいた。
 叫んでいる内容はわからないが、何かを懸命に訴えようとしていた。
 それでいて、心に響くものは何もなかった。
 おもしろくもなかった。
 通行人は立ち止まるだけで、長居することはなかった。
 思わず吹き出すくらいで、爆笑する者はなかった。

 それでも話題にはなっていた、
「なんかうるさいだけの変なヤツがいるぞ」
 お城の殿様までお忍びで見に来た。
「アイツか?」
「アイツです」
 お城の殿様とは、伊藤盛景
(いとうもりかげ。祐盛)
 豊臣秀吉の配下で、小田原攻めで活躍して美濃大垣三万石を与えられた大名である。
「うちの領民ではないのだな?」
「旅の山伏です」
「ならば問題あるまい」
「決定ですね?」
「ああ、任せる」
「御意」

 盛景は帰っていった。
 冷徹な家来だけが残り、しばらく張りつめた山伏が叫ぶのを眺めていた。
 もともと少なかった見物人がいなくなると、冷徹な家来は近づいて聞いた。
「必死だな」
 張りつめた山伏が銭入れを隠して答えた。
「ええ、日々、必死に生きています」
「いつもそうやって日銭を稼いでいるのか?」
「ええ」
「人を楽しませることが好きなようだな?」
「はい」
「それでも、今の仕事ではその程度だ」
「はい?」
「とても人の役に立っているとは言えない」
「ですか。余計なお世話ですね」
「もっとみんなのためになることをやってみたいとは思わぬか?」
「そんな仕事があればいいんですけどね」
「みんなの役に立って、いつか豪邸に住みたいとは思わぬか?」
「アハハ! いくらなんでも庶民に豪邸は無理でしょ!」
「いいよな。どうせならほんの一瞬じゃなくて、できるだけ長い間豪邸に住み続けていたいよなー?」
「そんなの夢ですって!」
「分からぬぞ。お前には芸人としての素質があるかもしれない。曽呂利新左衛門
(そろりしんざえもん。「芸人味」参照)のように大成すれば、豪邸に住むのも夢ではあるまい」
「あおりますねー」
「実は拙者、太閤殿下
(豊臣秀吉)に仕える御伽衆(おとぎしゅう)を探している。何かおもしろいことを言えれば、おぬしを太閤殿下に紹介してやってもいいぞ」
「ホントですか!?」
「ああ。拙者を笑わせることができたら紹介してやろう」
「わかりました。やります」
 張りつめた山伏は絶叫ネタを披露した。
「家ーーー!」
「……」
 冷徹な家来の反応はなかった。
 張りつめた山伏は別のネタを叫んだ。
「桶
(おけ)ーーー!」
「……」
 冷徹な家来は笑わなかった。
 それでも、張りつめた山伏はくじけなかった
「はい立っションーーー!」
「……」
「じゃ捨てるっすっっっ!」
「……」
 冷徹な家来は、無反応であった。
 いわゆる玉砕というヤツであった。
「おもしろくないですか?」
「まったくもって」
 張りつめた山伏は落ち込んだ。
 冷徹な家来は責めさいなんだ。
「穴があったら入りたいか?」
「入りたいですよ〜」
「ならば入りに来い」
「はい?」
「穴に入れば豪邸に住まわせてやろう」
「え!」
「一生ずっと豪邸に住まわせ続けてやろう」
「本当ですか!?」
「ああ、本当だ。それもみんなの役に立つ仕事だ。興味あるなら拙者についてこい」
「ありますよ〜」

 張りつめた山伏は喜んで冷徹な家来についていった。
 冷徹な家来の着いた先は、工事中の大垣城であった。
 二人は城門をくぐった。
「豪邸って、まさか、お城ですか!?」
「ああ」
「へ! 私をお城造りで雇ってくれるんですか!?」 
「ああ、おぬしに仕上げてもらいたい仕事がある。それも終身雇用だぞ」
「やったー!ありがとうございますー!」

 冷徹な家来は張りつめた山伏を職場に案内した。
「ここだ」
 そこは天守台の上であった。
「え、ここ?」
 なぜかそこに人ひとり入れるくらいの穴があけられていた。
「ああ、穴に入るんだ」
 張りつめた山伏は言われた通り穴に入った。
 すると、冷徹な家来は、
 どばっ!どばっ!
 と、張りつめた山伏に土をかけた。
「やめてください!埋まっちゃうじゃないですか!」
 どばっ!どばっ!
 冷徹な家来は土をかけるのをやめなかった。
「埋まっちゃう? そりゃそうだろう。埋めてるんだから。おぬしはお城の人柱に選ばれたのだ」
 張りつめた山伏は驚いた。仰天した。バタバタした。
「ひとばしら! ひえっ! そんな!聞いてないよー!」
 あわてて穴からはい出ようとした。
 ドカッ!
 が、冷徹な家来に蹴り落とされた。
「いやだー!」
 ドサッ!
「ううう……、えい!」
 ぶわさ!
 張りつめた山伏は、冷徹な家来に土を投げ返した。
「ぶっ!ペッペッ!」
 ひるんだすきに穴から逃げ出そうとした。
 しかし、冷徹な家来の仲間たちが許さなかった。
 がっし!
 張りつめた山伏を押さえつけると、
 どさっ!どさっ!
 なおいっそう土をかけた。
 張りつめた山伏は暴れた。もがいた。泣き叫んだ。
「ゴホッ! やめろー! 人殺しー! お殿様ー! 助けてください! ここのお殿様はこんな残酷ことはなさらないはずだー!」
「何を言っているんだ。人柱はお殿様の御命令なんだよ」
「え?」
「拙者らはお殿様の御意向を忖度
(そんたく)して動いているだけだ」
「そんな〜」
「許せ。これが権力というものだ。あきらめるんだな」
 どばっ!どばっ!
「ひでえ! ひどすぎる! こんなひどいこと、許されてたまるかー!」
「どうとでも言え」
 どさっ!どさっ! 
「あー!」
 ざらざらざらざら〜!
「んーーー!んーーー!」
 しあげっ!
 ぺったん!ぺったん!
「……」
 こうして張りつめた山伏は埋められてしまった。
 以後三百数十年間、大垣城天守閣は米軍による空襲で焼け落ちるまで存在し続けたという。
 理不尽によって築かれた城は、理不尽によって壊されることになるのである。

[2017年5月末日執筆]
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参考文献はコチラ

※ 人柱の伝説は、江戸城・松江城・熊本城・和歌山城・甲府城・大分城・大洲城・丸岡城・長浜城・米子城・丸亀城・白河小峰城・郡上八幡城・松倉城など多くあります。
※ 2021年には郡上八幡城の人柱をモチーフにしたキャラ「およしちゃん」がバズりました。
※ 戦中まで存在した大垣城天守閣を築いたのは、一柳直末ともいわれています。

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