1.見てるだけ〜 | ||||||||||||||
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まだ吉四六(きっちょむ)が少年の頃の話であった。
家の庭に大きなカキの木があった。
秋になると、たくさんの実がなった。
ある朝、吉四六は父親に知らせた。
「カキ、もう食べ頃だよ」
父親がカキの木を見上げた。
「そうだな。食べ頃だな」
でも、食べていいとは言わなかった。
何しろケチな吉四六の父親である。
父親もまた、ケチであった。
「お使い物にでもするか」
父親は考えていた。
(お使い物にすれば、何かしら返礼品がもらえる)
父親はどこに贈ればハイリターンになるか考えた。
そして、思いついた。
(そうだ! 菓子屋だ! 菓子屋ならタダの果物が高級菓子に変わって返ってくるだろう!
お得だぜー!)
父親は町の菓子屋に出かけることにした。
「ちょっと町まで出かけてくる」
どこに行くかは言わなかった。
それがケチというものであった。
吉四六はおもしろくなかった。
(お使い物にするってことは、おらの口には入らないってことだ)
「吉四六。帰ってくるまでカキの木を見ててくれ。いいな、見てるだけだぞ」
「わかったよ。見てるよ。見てるだけにするよ」
吉四六はカキの木のそばに座ってそれを見上げた。
父親は安心して出かけていった。
「行ったか」
父親の姿が見えなくなると、吉四六はカキの木に登ってカキを食べた。
ガリガリ! ムシャムシャ! ペッペッ! ゴックン!
「うめえ! 初ガキはうまいぜ! そういうおらは悪ガキだぜ! アハー!」
カキなんてそんなにたくさん食べられるものではない。
二、三個食べると飽きてきた。
吉四六は父親と同じことを思いついた。
「そうだ! 友達を呼んでやろう。カキをガキにおごってやれば、後で何かしらおごり返してもらえる」
吉四六は近所の友達を呼んでカキをごちそうしてあげた。
「おいしーねー、おいしーねー」
友達もみな二、三個ずつ食べると飽きてしまって、
「ありがとー。今度何かおごってあげるねー」
と、お礼を言って帰っていった。
夕方、父親がニコニコして帰ってきた。
が、カキの木を見上げて実が減っているのを見て、ニコニコは止まってしまった。
「ありゃ、カキはどうした?」
吉四六は朝と変わらない場所でカキの木を見上げていた。
「おまえ、ずっとそこにいたのか?」
「はい」
「でも、カキの実が減っているぞ。どういうことだ?」
「そりゃそうでしょう。近所の子供達がやって来て、木に登って食べて行きましたから」
「その時おまえは何をしていた?」
「子供たちがカキを食べるのをじっと見ていました」
「注意しなかったのか? 追い払わなかったのか?」
「はい。だって父さんに、『見てるだけだぞ』って念を押されましたので、見てるだけにしました」
父親は舌打ちした。歯ぎしりした。地団駄踏んで悔しがった。
「こいつは一杯食わされたぜ!」