ホーム>バックナンバー2013>1.導誉(どうよ)に動揺
将軍・足利義詮(あしかがよしあきら。「足利氏系図」参照)はビビッていた。
すご味をきかせる佐々木高氏(ささきたかうじ。導誉。「京極氏系図」参照)の迫力に動揺していた。
「斯波高経道朝(しばたかつねどうちょう。「斯波氏系図」参照)に謀反の動きあり」
義詮は訳が分からなかった。
「そ、そちは何が申したいのか?」
「分かりませんか?斯波高経が謀反を起こそうとしているんですよ!」
「待て。高経は管領・斯波義将(よしゆき・よしまさ)の父親として事実上幕政を仕切っている身だ。これ以上、何を求めて謀反を起こそうというのか?」
「ヤツは将軍家を乗っ取ろうとしているのです!」
「!」
「御存知の通り、斯波氏は足利一門の筆頭!将軍さまの曽祖父・足利頼氏(よりうじ)公は、ヤツの曽祖父・斯波家氏(うじ)の弟だった!そのためヤツには我こそが源氏の棟梁(とうりょう)だという誇りがあるのです!先祖伝来の野心を、将軍さまを討ち取ることによって具現しようとしているのです!」
「な、なっ、何を根拠にそんな!?」
「高経は不当な手段で幕府にカネを集めています。五十分の一だった武家役(ぶけやく。段銭・棟別銭)を二十分の一に増税したり、微罪の者を厳罰に処し、荘園を取り上げたりしています。私もやられました。武家役の増税に反対して滞納していたところ、摂津守護任官は取り消しになり、多田(ただ。兵庫県川西市)荘を取り上げられました。ヤツの目的は二つです!一つ目は、謀反の軍資金を集めるため!もう一つは、敵対分子の財力をそぐため!」
義詮は震え上がった。
が、高氏の讒言(ざんげん)を全部信じたわけではなかった。
「そちの申したいことは分かった。が、『論語(ろんご。孔子言行録)』にはこうある。『衆これを悪(にく)むも必ず察し、衆これを好むも必ず察す』と」
高氏は笑った。
「双方の言い分を聞いてよく吟味しないことには分からないということですかな?ワハハ!将軍さまは名君でございますな!謀反人高経に『そちは謀反するのか?』と聞いたところで本音は申しますまい!ヤツの本音を知った時にはもう遅い!将軍さまの首と胴は分裂していることでしょう!」
「……」
「赤松則祐(あかまつそくゆう)って、御存知ですか?」
「無論だ」
康安元年(1361)、細川清氏(ほそかわきようじ。「細川氏系図」参照)・楠木正儀(くすのきまさのり)・石塔頼房(いしどうよりふさ)ら率いる南朝軍が一時京都を占領した。
その際、義詮は京都を脱出し、息子・春王を則祐に預けたのであった。
「そうでしたね。そのため春王さまは則祐によくなついております」
「ああ」
「一方、則祐は、私によくなついております」
「……」
「則祐だけではありません。近江守護・六角氏頼(ろっかくうじより。「六角氏系図」参照)、大和守護・興福寺、美濃等守護・土岐頼康(ときよりやす。「土岐氏系図」参照)、能登守護・吉見氏頼(よしみうじより)、加賀守護・富樫昌家(とがしまさいえ)、元越前守護・畠山義深(はたけやまよしふか)などなど、みなみな私とネンゴロにしております」
「……」
「私の圧倒的な人気と、高経の圧倒的な不人気は、以前、同日に花見の宴を催したことでも証明されました」
「そうであったな」
あの時、義詮は閑散とした宴の中で高経にこう言ったものであった。
『そちは存外、人気がないんだね』
義詮の表情の変化を見て、高氏は勝負に出た。
「もし、圧倒的な人気者の私と、圧倒的な不人気者の高経が戦うことになれば、どちらが勝つかは名君たる将軍さまにはお分かりですよね?」
「……」
「将軍さまは天下人です。天下人というものは、選択を誤れば、命を落としてしまうこともありうるのです。将軍さまは勝ち続けなければなりません。死にたくなければ、勝つ方になびくしかないのです!」
「……」


