5.大きな京人形 | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2019>令和元年11月号(通算217号)電気味 田沼意次賄賂生活5.大きな京人形
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「田沼さまの権勢はすさまじいね」
「畿内のある大名(柳沢保光?)は金銀をちりばめた大きな箱庭を贈ったらしいよ」
「大老さま(井伊直幸)ですら、その地位を得るために数千両を積んだらしいね」
「忍の殿様(阿倍正允)さまなんか老中になるために数百両を積んだけど、なれたとたんに死んじゃったんだって」
田沼意次への賄賂攻勢は部下たちにも及んだ。
勘定奉行・松本秀持(まつもとひでもち。伊豆守)のところには、一風変わった賄賂が届けられた。
「さる方から贈り物が届いております」
「今度は何がもらえた?」
「大きな箱ですよ」
「大きな箱?」
「ええ、中身は『京人形』と書かれていますが」
「だったらそうなんだろう」
「それにしても大きすぎやしませんか?」
「開けてみろ」
パカ。
「ほう、やっぱり京人形じゃないか」
「でかいですね。等身大の生人形ですか?」
「それにしても美しーい」
「衣装もきれいですね」
「まるで生きているかのようだ」
「あ」
「どうした?」
「今、少し動いたような……」
「バカな」
「ひえっ! 瞬きもしましたよ!」
「そんな精巧な人形があるものか」
ひた。
松本は人形のほおを触ってみて驚いた。
「あったかい」
「もー、殿まで何おっしゃってるんですか」
「なるほど、そういうことか」
松本はニヤッとした。
こちょこちょこちょ!
いきなり人形のわきをくすぐってみた。
「きゃーひっひひっひっ!」
たまらず人形は笑い転げた。
いや、それは人形ではなく、人形に似せた生きている美女であった。
松本の家には長い廊下があった。
廊下には長屋のようにたくさんの小部屋が並んでおり、その一つ一つに一人ずつ妾を住まわせていた。
そのような好色家な彼には、うってつけの賄賂だったのであろう。