ホーム>バックナンバー2019>令和元年12月号(通算218号)基督味 元和の京都の大殉教1.御意向には歯向かえず
「名奉行」
「はい」
「名奉行と呼ばれて肯定するのか?」
「いえ、そんなつもりでは――」
「おもしろくねえ」
「はあ?」
「善人たちを救うなんじの評判は良くて、大名どもを取りつぶす余の評判は悪い」
「……」
「余は愚物で、なんじは賢者だ」
「そんなことありませんて」
「余は豊臣秀頼(「籠城味」参照)と比べても愚鈍であった」
「そんなことありませんてっ」
「そんなことあるのだ!そのために亡き親父殿(徳川家康)は徳川の将来を心配し、目の黒いうちに豊臣を滅ぼさずにはいられなかったのだ!」
「……」
「豊臣家が滅んだのは、余が大バカヤローだったせいだ」
「御自分を卑下するのはおやめください。誰が何と言おうと、上様は名君でございまする」
「ところで名奉行」
「はい」
「余に隠し事はないか?」
「別に何も」
「余はキリシタンを禁じたはずだ」
「存じておりまする」
「なのに京の街を歩くと、キリシタンに当たる」
「幻でございましょう」
「幻ではない。現実だ」
「……」
「なんじがキリシタンを野放しにしているからだ」
「!」
「名奉行殿は優しいのう〜」
「……」
「愚か者めが! その優しさが傾国の原因になるのがわからぬのか!」
「……」
「上洛してよくわかった。京坂には牢人たちがうようよしている。豊臣が滅んでまだ間もないからだ。そんなヤツラが宣教師らを通じて南蛮とつるんだらどうなる?
再び大乱が起こるであろう!」
「お言葉ですが、豊臣の残党にそれほどの力はございませぬ。所司代では反乱分子は確認しておりません」
「京に桔梗屋(ききょうや)という怪しげな店がある。そこの主人・橋本太兵衛如庵(はしもとたひょうえじょあん。寿安)は岐阜城主・織田秀信(ひでのぶ。信長の孫)の重臣だったそうではないか。去る関ヶ原の戦いで主君は西軍について取りつぶされて牢人になったという。さぞや徳川に恨みを抱いているであろうな」
「しかし、今では商人という生業を得ておりまする」
「相当稼いでいるらしいのう。南蛮とつるんで」
「おっしゃり方がちょっと――」
「いったい何をしでかすための軍資金を稼ぎまくっているのかの〜う?」
「……」
「厳命する。京中に潜伏しているキリシタンどもを一斉に逮捕せよ!」
「!」
「宣教師や橋本太兵衛一家たちは即刻処刑せよ!」
「!!」
「女子供も残らずだ!」
「!!!」
「なんだその目は? 将軍案件に文句があるのか? 将軍の御意向に背くつもりか? すべてを失いたければそうするがいい! 余に歯向かった大名どもはどうなったか、なんじはよく存じているであろう!」
「……」


