1.敵軍来襲 | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2023>令和五年4月号(通算258号)鼓舞味 1.敵軍来襲
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織田信長の勢いは「金ヶ崎の退き口(かねがさきののきぐち)」という歴史的大敗北によって失墜した(「大雪味」参照)。
「捲土重来(けんどちょうらい)だぜ!」
永禄十一年(1567)の信長上洛による「永禄崩れ」で観音寺城(かんのんじじょう。滋賀県近江八幡市)を落とされて以降、近江甲賀(こうか。滋賀県甲賀市)山中に潜伏していた六角承禎(ろっかくしょうてい・じょうてい。義賢)が、ついに姿を現して挙兵した。
「浮足立っている今のうちに織田信長を討て!」
承禎は杉谷善住坊(すぎたにぜんじゅぼう)というスナイパーを刺客として雇った。
「信長は京から岐阜(ぎふ。岐阜県岐阜市)に戻る。その途中で殺(や)れ」
「へい」
元亀元年(1570)五月、杉谷は千草峠(ちくさとうげ。千草越。滋賀・三重県境)に差し掛かった信長を狙撃した。
ばーん!
「いてっ!」
が、弾は信長の体をかすめただけで何ともなかった。
「運のいいヤツめ! それなら筆頭家臣をほふってやろう!」
六月、承禎は八千(四千とも)の兵を率いて柴田勝家が守る長光寺城(ちょうこうじじょう。近江八幡市)を攻囲した。
対する城方の柴田勢は八百人(四百とも)。
勝家が、うようよとわいて出た眼下で取り囲む敵どもをののしった。
「死にぞこないが! どっからこんな大軍を連れてきたんだ?」
家来の吉田次兵衛(よしだじへえ)が励ました。
「もうじき、永原城(ながはらじょう。滋賀県野洲市)などから援軍が駆けつけましょう。連中がやりたい放題できるのはそれまでです」
「そうかな? 織田軍は金ヶ崎の件で士気が落ちておる。他者を助ける余裕がなくなっておる。それに、佐久間が来てもせいぜい合わせて二千しかならない。籠城を続けてさらなる援軍を待つしかあるまい」
「ですか」
「大丈夫だ。この城には井戸はないが、水は豊富にある」
ところが、承禎は一枚上手であった。
何しろ彼は、この城を含む南近江の元領主であった。
「兵糧攻めは長期戦になる。確かこの城には井戸がなかったはずだ。水源を断てば短期で落城する」
承禎はなじみの領民を呼んだ。
「ここの水源を知っておるか?」
「はい。かなり遠い所から懸樋(かけひ。筧)で引っ張ってきていますよ」
「ならばそれを壊してしまえば水に困るわけだ」
「見つけましたが、壊しにくい所にあります」
「壊しにくい所にあるものは、こうやって壊すのだ」
承禎は息子を呼んだ。
「はいよ!」
六角義治は弓を構えると、ヒュンと矢を放った。
ぱかーん!
矢は命中して懸樋はぶっ壊れた。
「お見事!」
義治は弓の名人で、後に豊臣秀頼(とよとみひでより)の弓の師範になることになる。
「懸樋は一本ではあるまい。見つけ次第に他のもぶっ壊せ」
「はいよ!」
ぱかーん!
ばしゃーん!
びちゃーん!
こうして長光寺城につながる懸樋は全部ぶっ壊してやった。
そのため城内では水不足になった。
それでも勝家は強気であった。
「まだ大丈夫だ。水は大きな甕(かめ)十個にため込んであるからな」
それらも継ぎ足さなければ減る一方であった。