1.紅顔の美少年

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子ども手当
1.紅顔の美少年
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3.佐渡のサド
4.天の川の下で
日野邦光 PROFILE
【生没年】 1320-1363
【別 名】 日野阿新丸
【出 身】 京都?
【職 業】 公卿
【役 職】 参議・左兵衛督→権中納言
【位 階】 正四位上→従三位
【 父 】 日野資朝
【兄 弟】 日野朝光・慈俊
【 子 】 日野資茂
【主 君】 後醍醐天皇・後村上天皇
【仇 敵】 本間山城入道・本間三郎ら

 元弘元年(1331)、正中の変(「秘密味」参照)鎌倉幕府倒幕に失敗していた後醍醐天皇(「天皇家系図」参照)は、懲りずに二度目の倒幕を計画した。
 が、今度もまた、側近・吉田定房
(よしださだふさ)の密告によっておじゃんになってしまったのである。
「主上
(後醍醐天皇)御謀反!」
 知らせを受けた鎌倉幕府は、京都に使者を差し向けると、蔵人頭・日野俊基
(ひのとしもと。「日野家系図」参照)、僧正・文観(もんかん)法勝寺(京都府左京区)僧・円観(えんかん)らを逮捕した。
 で、後醍醐天皇の処分も協議したのである。
 内管領長崎高資
は主張した。
「首謀者は帝
(みかど)に間違いない。しかも今回は二度目だ。たとえ帝といえども許すわけにはいかぬ。すみやかに帝と尊雲法親王を島流しにし、日野資朝(すけとも)や俊基らを処刑するよりほかあるまい」
 しかし、政所執事・二階堂貞藤
(にかいどうさだふじ。道蘊)は反論した。
「その処分では主上はお受け入れにならず、戦になりましょう。主上はこの国の天子であり、神道の長におわします。一方、尊雲法親王は天台座主
(てんだいざす)、つまり、仏道の長であられます。神と仏を同時に敵に回して勝ち目がありましょうや?」
 高資は激怒した。
「戦は霊力で行うものではない!武力で行うものだっ!承久の乱
(「栄光味」参照)を忘れたか!国を治める方法は文武である!平事は文で治め、有事は武で治めるものだ!今は有事なのだ!圧倒的な武力をちらつかせてこそ、天下は治まるものなのだっ!」
「そうだ!そのとおり!」
武士の生きる道は武力のみ!」
「幕府に歯向かう者は、たとえ帝でも討つべし!」

 後醍醐天皇は都を出て山城笠置山(かさぎやま。京都府笠置町)で挙兵したが、敗色濃厚であった。まもなく彼は捕らえられ、隠岐(島根県隠岐諸島)へ島流しにされるのである(「窮地味」参照)
「資朝や俊基はどうなるのだ?」
 側近の大納言北畠親房が答えた。
「資朝も俊基も殺されましょう」
 親房は『神皇正統記』や『職原抄
(しょくげんしょう)』などを後世に残した広学博覧の賢才である。
 後醍醐天皇は嘆いた。
「もう終わりだ〜」
 親房は励ました。
「陛下はまだ生きております。生きておられるうちは、まだ負けてはおりませぬ。負けてさえいなければ、いつかは勝てます。負けていない間に味方を募るのです。そのうちに北条のカタキである諸国の源氏がなびきましょう。ちなみに私は清和源氏ではありませんが、村上源氏です
(「北畠家系図」参照)
 つまり、後醍醐天皇の尊敬する醍醐天皇
(「入試味」「詐欺味」など参照)の皇子・村上天皇(「天皇家系図」参照)の子孫である。
 後醍醐天皇は遠い目をした。
「そういえば、正中の折に資朝も似たようなことを申していた。『立ちましょう!雲は竜に従い、風は虎
(とら)に従うのです!陛下の御威光御賢徳をもってすれば、諸国の源氏は波打つごとく雲霞(うんか)のごとく総立ちいたしましょう!』と」
 資朝は正中の変佐渡
(新潟県佐渡市)に流刑にされたままである。
「資朝は変わり者ですが、傑物です。何より彼は陛下を裏切りません。正中の変ではすべての罪を彼一人がかぶりました。まことにアッパレなヤツです」
「朕も申し訳ないと思っている。救えるものなら救ってやりたい。何かいい手はないであろうか?」
「ございますとも」
 親房は子供を連れてきて紹介した。
「こちらが日野資朝の次子、阿新丸
(くまわかまる)です」
「なんだ。まだ若いというより幼いな。年はいくつだ?」
 阿新丸は顔を赤らめて頭を下げた。
「十三歳です」
「この少年を佐渡で資朝の監禁を担当している本間山城入道
(ほんまやましろにゅうどう)のもとに遣わすのです。ちなみに本間も村上源氏です(「本間氏系図」参照)
 本間山城入道は幕府の御家人で、佐渡守護代である。下の名前は有綱
(ありつな)か泰宣(やすのぶ)と思われるが定かではない。
 後醍醐天皇は渋い顔をした。
「そちの申すことは解る。この子を佐渡に送るのは、本間を味方につけ、資朝を奪還するためであろう」
「その通りでございます」
「しかし本間は幕府の手先だ。いくら実の子が涙ながらに『父を返してください』と頼みに行っても、返してくれるはずがないではないか」
「いいえ、本間は必ず落ちます。彼については秘密の情報を得ています。――お気づきになりませんか?この子は美少年です」
 なるほど、気づいてはいたが、そういうことには気づかなかった。
「と、いうことは、本間は『ほんまもん』ということだな?」
「御名答!本間には陰間。普通に頼んで聞いてくれなければ、禁断の最終兵器が炸裂
(さくれつ)します」
「ううう、恐ろしや〜」

 こうして、阿新丸は佐渡へ行くことになった。
 しかし彼の母が泣いて止めた。
「行ってはなりません!行けば、あなたは悲しい目にあわされます」
「もう十分あっています。私の父は流刑人で、もうすぐ処刑されるんです」
「そういうことではありません。意味が違うんです。あなたはだまされているのです!」
「どんな意味ですか?」
「あなたは美少年なんです!」
「だからどーだって言うんですか!? それがどー関係しているって言うんですか!?」
「……」
「はっきりおっしゃってください!私は知りたいのです!」
「知らなくてもいいことをされてしまうんです!あなたは汚されてしまうんです!」
「……」
「だから、絶対に行ってはなりません」
「……。かまいません。何をされようと、私は行きます。私は父を助けたいんです!このまま何もしなければ、父は死んでしまうんですよ!父を亡くすこと以上の不幸なんて、私にはありえません!行かせてくださいっ!」
「まだ分からないのですかっ!」
「どうしても行かせてくれないのなら、私は淵
(ふち)に身を投げて死にますっ!」
 母は観念した。
「分かりました。それなら一つだけ約束してくれますか?」
「何を?」
「この言葉だけは絶対に言わないと」
「この言葉とは?」
「いいですか。どんなことがあっても、『なんでもする』とだけは絶対に言ってはなりません」
「分かりました」
「絶対ですよ」
「約束します」

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