4.天の川の下で

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4.天の川の下で

 一、二日たったであろうか?
 ばりっ!ばりりっ!
 日野阿新丸を持仏堂に閉じ込めていた板が一枚ずつはがされた。
 キイィィィ〜。
 で、最後に戸が開け放たれた。
 阿新丸は突然の光に手をかざしてまぶしがった。

 光の中に本間三郎が立っていた。
 年老いた僧も隣に立っていた。
 僧は何やら大きな箱を抱え持っていた。
 そして、それを阿新丸に差し出してきた。
 阿新丸はわけも分からずにそれを受け取った。
「御遺骨です」
「え?」
 三郎が手紙のようなものを阿新丸に渡しながら説明した。
「幕命により、貴殿の父・日野資朝殿を処刑した。これが辞世の句だ。葬儀もすでにすませた」

  五蘊(ごうん。=色+受+想+行+識)仮に形を成し
  四大
(仏教でいう四元素=地+水+火+風)今空に帰す
  首をもって白刃に当つ
  截断
(せつだん)す一陣の風

「ひやあぁぁぁー!」
 阿新丸は箱を抱えてうっぷした。わめき、叫び、激しく三郎に詰め寄った。
「どーしてっ!どーして処刑の前に会わせてくれなかったんですかっ!私は父に会いたかった!父に会うのが私のすべてだったっ!私は、私は……、父に会うために、どんなつらいことも我慢してきたのに……。どーしてっっっ!」
「幕命だ。仕方ないだろ」
「会わせてくれないのも幕命ですかっ!?」
「急いでいたんだ」
「どーしてっ!?」
「お家のため。父のため。そして、お前のためだ」
「……」
「資朝殿が亡くなられた今、お前はもうここにいる理由がない。オヤジに色目をつかう理由もない。それに我が本間家は、流刑にされた帝に味方するつもりは毛頭ない。とっとと京都へ帰れ」
「分かりました。今日中に支度をして明朝に帰ります」
「いいことだ。念のため、今晩はオヤジがお前にちょっかいをかけないように見張っていてやる」

 その晩、三郎は縁側で刀を片手に柱にもたれかかって見張った。
(オヤジも懲りているはずだ。まさかちょっかいをかけに来ることもないだろうが)
 本間山城入道の部屋の明かりは消えていたが、偽装かもしれなかった。
(分からないぞ。明日になればもう阿新丸は帰ってしまうんだからな。今夜が最後の晩だからな。用心用心)
 カエルの大合唱が三郎を包み、天空には広大な天の川が横たわっていた。
(それにしても、今夜の天の川は格段にきれいだ。吸い込まれるようだ)
「あれはあんたの三途の川だぜ」
「何だと?」
 三郎が振り返ると、見たことのある僧が灯火の下で笑っていた。
「お前は、大膳坊賢栄!」
「覚えていたか!よくも黄門
(こうもん。資朝)さまを殺しやがったなっ!」
 賢栄がなぐりかかってきた。
 三郎も組み伏せられまいと格闘した。
 馬乗りになられた三郎はバタバタわきを探った。
「刀は! あれ?刀は!?」
 なかった。
 すでに刀は賢栄が奪い、持仏堂から出ていた阿新丸に渡していた。
「そんな〜」
「てめーはもうおしまいだっ!」
 賢栄は三郎を羽交い絞めにした。
 阿新丸はソロリと刀を抜いた。
 賢栄は、暴れる三郎を抑えながら促した。
「阿新さま!今です!早く!黄門さまのカタキをっ!」
 三郎は抵抗した。
「おれは何も悪くない!」
 阿新丸の刀を構えた。ジリジリと三郎ににじり寄った。
 三郎はもがいた。暴れた。必死で言訳した。
「やめろー!おれはお前のためにやったんだー!お前をオヤジから救ってやったんだよー!」
「うるせえ!父のカタキー!」
 ぶすう〜っ!
「ぎゃー!」
 三郎は血を噴いて崩れ落ちた。
 悲鳴を聞いて、山城入道が部屋から顔を出した。
「なんだ?何をしている!?」
「さあ、早く!逃げるんです!阿新さま!」
 阿新丸たちは天の川横たう闇
(やみ)の中へと消えていった。

*               *               *

 賢栄は逃げる途中で追っ手に殺され、大膳神社(佐渡市)の祭神となった。
 無事に京都へ逃げ帰った阿新丸は、長じて邦光(
くにみつ)と名乗り、南朝の廷臣として父と同じ権中納言まで昇進したという。

[2010年4月末日執筆]
参考文献はコチラ

※ 『太平記』に登場する日野阿新丸はナンデモしておりません。

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