1.虫めづる姫君

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SMAP解散と世界情勢
1.虫めづる姫君
2.男くらふ姫君

 ひら、ひら、ひらり。
 美しいチョウが舞い、姫君の頭に止まった。
「あら、かわいい」
 姫君は、チョウが逃げないようにしばらく動かないでいた。
 こちらの姫君は、まっとうな姫君であった。

 ころ、ころ、ぼて。
 醜い毛虫が落ち、姫君の頭をはった。
「あら、かわいい」
 姫君は、毛虫をつまむと、手のひらで転がして喜んだ。
 隣の姫君は、変態な姫君であった。

 変態な姫君は、庭越しにまっとうな姫君に声をかけた。
「ちょっと、ちょっと」
「なあに」
 まっとうな姫君が寄ってきた。
「はい、かわいいイモ虫」
 変態な姫君は、垣根から手渡した。
 まっとうな姫君は手を引っ込めたが、
 もぞ、もぞ、ぽて。
 肩に乗ってしまった。
「いややー!」
 まっとうな姫君は仰天してイモ虫を払い落とすと、家の中に逃げ込んでしまった。

「変なの」
 変態な姫君は理解できなかった。
 イモ虫を拾い上げると、ほおずりして不思議がった。
「こんなにかわいいのに、どうして女たちはみんな嫌がるのかしら。このイモ虫だって、そのうち美しいチョウになるのに」

 そうであった。
 毛虫やイモ虫を嫌がるのは、隣家のまっとうな姫君だけではなかった。
 変態な姫君の家の女房や女童も、みんなそろって虫嫌いであった。
 そのため、変態な姫君は、物怖じしない男童ばかり集めて日々虫取りにいそしんでいた。
 男に交じって行動しているからか、眉は剃らず、お歯黒もつけず、化粧をすることもなかった。
 母親から、
「その毛虫みたいな眉毛を剃りなさい!」
「何ですか、その白い歯は!」
「そんなに真っ黒に日焼けしているから、殿方が通ってこないのよ!将来どうするつもりなの?」
 などと責められても、変態な姫君は平然としていた。
「殿方なんか寄ってこなくても、私にはかわいい虫たちがいるから大丈夫。おしゃれにかける時間があったら、もっと虫たちのことを突き詰めたいわ。野郎ども!今日も虫取り行くわよっ!」
「おー!」
「おいらが一番たくさん取ってやるぞー!」
「こっちは変わった虫ねらいだー!」
 変態な姫君は、男童たちに虫にちなんだ名前を付けていた。
 「ケラ男」「ヒキ麻呂」「イナゴ麻呂」などであった。

 変態な姫君のうわさはすぐ広まった。
「うちの姫君は毛虫、イモ虫、ヒキ、ウジ、ゴッキーなどを集めて喜んでいるんですのよ」
「館内も庭も池のほとりも門の前も、むくむくしい虫だらけ」
「何それ!気持ち悪〜、ぞわぞわ!」
「そうそう。虫の歌も作ってたわね。『カタツムリのお、角の、争うや、なぞ』とか」
「悪趣味やわ〜」
 おしゃべりな女房たちが拡散させるのである。
 うわさは男たちの耳にも入った。
「按察使
(あぜち)大納言のところに虫かぶれの姫君がいるそうな」
「虫刺されでただれているのか?」
「いや、虫集めに凝っている姫だそうな。身だしなみには無頓着な色黒娘だそうな」
「ネンネかよ!それじゃあ悪い虫はつかないだろうね」
 気味悪がる公達が大半だったが、中には風変わりな者もいた。
「僕はそういうのアリだな。醜い生き物でもかわいがる優しい心の持ち主なんだろ?身だしなみに気を使わないということは、素材に自信があるからかもしれない」
 右馬佐
(うまのすけ)というある公達の御曹司であった。
「どんな姫君なのか、一度見てみたいものだ」
 彼はお近づきのイタズラを思いついた。
「まずはお手並み拝見といくか」

 数日後、変態な姫君宛に贈り物があった。
 ウロコ模様の包みに入った箱であった。
「何かしら?」
 受け取った右近という女房が、添えてあった手紙に気がついた。

  はふはふも君があたりに従はむ長き心のかぎりなき身は

「中身の説明の歌かしら?」
 右近は贈り物を変態な姫君に届けた。
「箱も変ですけど、中身が重いんですよ。開けますか?」
「おもしろそうね」
 変態な姫君はためらわずに包みを解いて箱を開けた。
 がさがさがさ、ぱかっ。
 その瞬間、
 ビヨーン!
 と、中からヘビのおもちゃが出てきた。
 開けた瞬間に飛び出す仕掛けを施したびっくり箱であった。
 右近は飛び上がった。
「キャー!ヘビー!」
 恐怖のあまり房
(へや)から逃亡した。
「ヘビですって!」
「こわいよー!」
 他の女房たちも我先にと遠くの房に避難した。
 すると、奥の房から姫君の父親である按察使の大納言が刀を抜いて駆けつけてきた。
「ヘビだと!毒ヘビだったらどうするのだ!姫を置き去りにしてみんな逃げるとは何事か!」
 でも、変態な姫君は冷静だった。
「父上。大丈夫です。ヘビはおもちゃでしたから」
「おもちゃだと?」
 按察使の大納言は刀を収めると、おもちゃを手にして感心した。
 ぱかっ、ビヨーン!ぱかっ、ビヨーン!ぱかっ、ビヨーン!
 箱の開け閉めを繰り返してみてうなった。
「ふーん。まるで本物のヘビのようじゃないか。それにこの仕掛けがおもしろい」
 按察使の大納言は「はふはふの歌」にも気づいた。
「こ、これは!ま、まさか、うちの姫に男からの歌……」
 初めてのことであったが、彼は拒否しなかった。
「ちゃんと返歌をしておくんだぞ」
 娘に念を押してから奥の房に戻っていった。
「返歌なんで面倒だわ」
 変態な姫君にその気はなかったが、女房たちが勧め、紙まで渡すので、仕方なく送ることにした。

  契リアラバヨキ極楽ニユキアハムマツハレニクシ虫ノスガタハ福地ノ園ニ

 返歌をもらった右馬佐は驚いた。
「何だこの歌は。しかもカタカナとは」
 当時女性はひらがなを書くものであった。漢字やカタカナは男性が書くものだったのである。
「おもしろい!ますますお姿を拝見したくなった!」

 右馬佐は変態な姫君を見に行くことにした。
 怪しまれないように女装して出かけた。
 で、按察使の大納言が出かけたすきに邸内に忍び入ったのである。
(虫好きの姫君はどこかな?)
 すぐに分かった。
「姫様、ここに変わった毛虫がいますよ!この木にいっぱいはい回っていますよ!」
 姫君を呼ぶ男童の姿を見つけたからである。
(なるほど、この房に住んでいるのか)
 右馬佐は近くにあった立蔀
(たてじとみ)の陰に隠れた。
 変態な姫君の声も聞こえてきた。
「どんな毛虫なの?『ヒキ麻呂』、こっちに持ってきてよ」
「近くですから見に来てくださいよ〜」
「もう!気がきかないわねっ」
 ドタドタと荒々しい足音がした。
(来るぞ♪来るぞ♪)
 右馬佐はワクワクした。
 ついに、変態な姫君が現れた。
「何この毛虫〜、こんなの見たことなーい!」
 これでもかと言わんばかりの満面の笑顔で初登場した。
(アリだ)
 右馬佐は一瞬にして参った。
(何この姫君〜、こんなの見たことなーい!)
 彼のほうが叫びたいほどの美貌
(びぼう)であった。

 その時、右近は右馬佐が隠れていることに気づいた。
 右近は未知の毛虫の観察に熱中していた変態な姫君に伝えた。
「姫様。立蔀の陰から立派な男の方かのぞいていますよ」 
 右馬佐の女装はバレバレであった。
「うるさいわね、そんなウソ信じないわよ」
「ウソではありません。ホントにいますって!この前のヘビのおもちゃの方じゃないですか?」
「え?『ケラ男』、立蔀の陰に誰かいるか見ておいで」
「はい」
 ケラ男が見てきて伝えた。
「ホントにいました」
「マジで!」
 変態な姫君もさすがにびっくりして房に逃げ込んでしまった。
 でも、すぐにもう一度出てきて、何匹か毛虫を拾い集めてから逃げ込み直した。
 右馬佐は吹き出した。
「かわいいなー。また見に来よっ」

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