2.心中より陳情

ホーム>バックナンバー2022>令和四年5月号(通算247号)降伏味 平忠常の乱2.心中より陳情

ウクライナ戦争の行方
1.火のないところに煙立つ
2.心中より陳情
3.急かなくとも事を仕損ずる
4.毒食らわばシャモジまで

 万寿五年(1028)六月五日、平忠常謀反の報が京にもたらされた。
「東国で下総権介平忠常が反乱!」
安房を殺し、上総も併合!」
「集まる軍勢甚だ多く、京に攻め上ってくる勢い!」
 朝廷は焦りまくった。
「まるで百年前の平将門の乱のようだ」
「怖や怖や!」
「ただちに追討使を派遣を!」
「誰を派遣すればいい?」
「候補として挙がっているのは、源頼信、平正輔、平直方、中原成通の四名」
 右大臣・藤原実資
(「藤原北家系図」参照)が推薦した。
源頼信は寛和の変で活躍した源満仲の子で
(「安倍味」参照)、酒呑童子(しゅてんどうじ。酒顛童子)を退治した源頼光の弟。源頼信がよろしいかと」
 実資は理由を付け足した。
「しかも頼信常陸在任中に忠常と合戦して打ち破って臣従させ、忠常の子の一人・一法師
(いっぽうし)を人質に取っているという」
「ほー。賊の子を人質に取っているのなら好都合だ。これ以上の適任者はありませんな」
 権大納言・藤原頼宗が同じたが、内大臣・藤原教通は反した。
忠常は在京時代、私に仕えていました。忠常は反乱を起こすようなヤツではありません。これはいわゆる『偽旗作戦』ではないでしょうか?」
「ニセハタサクセン?」
「ええ、何者かが忠常をおとしめようとしているのではないかと」
「そういうことなら、最も得をするヤツが一番怪しいな」
 関白左大臣藤原頼通も疑った。
「深読みしすぎじゃわい!」
 実資はわめいたが、結局、源頼信は外され、平直方と中原成通が追討使に決定した。

平忠常の乱を鎮定する追討使が決定して近々派遣されるそうな」
「追討使は右衛門少尉・平直方と、左衛門少志・中原成通だそうな」
「二人とも検非違使も務めているので、反乱鎮圧には適任だろう」
「これで平忠常も終わりだな」
 追討使派遣決定の報は、忠常のもとにもたらされた。
「わしは反乱なんか起こしていない! 安房殺害も冤罪だ! なのにどうして追討されなければならないのだ!」
 忠常は抗議の書状をかつての主君・藤原教通宛に送った。
 しかし書状は検非違使によって握りつぶされてしまったのである。

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