3.地獄変 | ||||||||||||||
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平清盛の妻は平時子(たいらのときこ)である。
平時信(ときのぶ)の娘で、あの「平家にあらずんば人にあらず」の平時忠(ときただ)の姉であった(「富豪味」「桓武平氏系図」参照)。
もとは美福門院(びふくもんいん。藤原得子。鳥羽天皇皇后。「藤原北家系図」参照)の女房で、清盛に嫁して宗盛・知盛・重衡・徳子を産んだ。清盛とともに出家し、治承四年(1180)に准后に、治承五年(1181)に従二位に叙せられたため、六波羅二位・八条二位、あるいは二位尼(にいのあま)と呼ばれた。
夫の看病に疲れ、時子がうとうとしていたとき、
どんどん!
誰かが表の門をたたく音がした。
「どなた?」
時子が門を開けると、そこには真っ赤な炎に包まれた車があり、前後に馬のような顔をした人と牛のような顔をした人が立っていた。
時子がびっくりして聞いた。
「何の御用でしょう?」
すると、馬のような顔をした人が答えた。
「閻魔(えんま)庁から平清盛入道大相国のお迎えに参った」
「え!えんまちょー!」
いわゆる地獄であることはすぐ解った。つまり二人は地獄の獄卒である牛頭(ごず)と馬頭(めず)なのであろう。
「というわけで入るぞ」
「待ってください!」
時子は門に立ちふさがって聞いた。
「夫は日ごろから厳島神社(広島県廿日市市)を信仰しています!他の神仏も信仰しています!その夫が地獄になど落ちるはずがありません!夫が何をしたっていうんですか?」
牛頭が笑った。
「奥さん。知らないとは言わせませんぜ。あんたのダンナは東大寺大仏を焼かせたじゃありませんか。その罪によって無間(むけん)地獄に落ちるのです!分かりますか?この車の鉄札(プレート)にある『無』の字が。これは『無間地獄行』の書きかけなんですよ」
「いやあー!」
「よし、説明は終わった。とっととホシを連れて行こう」
馬頭と牛頭は時子を押しのけて強引に門内へ入ろうとした。
「やめてー!欲しいものがあったら何でも差し上げますから!ありったけの財宝をことごとく神仏に寄進いたしますから!お願いですから、夫だけは連れて行かないでください!後生です!夫にも改心するよう十分に言い聞かせますし、大仏も造り直すようお願いしてみますからっ!」
「そういう問題じゃないが」
馬頭と牛頭は顔を見合わせて笑い合うと、突然ボンッと消えた。
「あれ?」
時子は周りを見回したが、無間地獄行きの火の車も消えている。
というか、いつの間にか自身は寝台の上にいたのである。
というより夢だったのであろう。
「大変!」
血相変えて起き上がった時子は、邸内の財宝をすべて運び出させ、それを近所の有名な寺社仏閣に片っ端から寄進しまくった。
「どうか夫の病気がよくなりますようにっ」
が、時子の願いむなしく、清盛の熱病は悪くなる一方であった。