4.落日燃ゆ | ||||||||||||||
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平時子はあきらめた。
覚悟を決めて、夫・平清盛の寝ている灼熱(しゃくねつ)のギンギラギン病室を訪れた。
「あなた、あなた」
呼びかけると、清盛はまだ意識があった。
「おお、時子……。顔が赤いぞ……」
「あなたのせいですし、あなたはもっと赤いです」
「わしは照れていない」
「あなたはお日さまより熱い炎で平家一門を照らし続けているのです」
「そうか……。わしはお日さまか……。熱い!道理で熱いわけだ!」
時子は泣いた。
「あなたの病状は日増しに悪くなっていきます。意識があるうちにお尋ねしておきます。何かしてほしいことはございませんか?何か言い残しておきたいことはございませんか?」
清盛がフーッと息をついて語った。
「わしは、保元・平治の乱で勝利して天下を取った……。人臣の極官太政大臣にも昇り、天皇の外祖父にもなった……。今やわが一門は子や孫まで高位高官に就き、栄華を極めている。そして何よりわしは時子という最良の伴侶(はんりょ)を得た。わしは自分の人生に満足している。わしはこの世に思い残すことなどない……」
「ううう……」
時子はしわしわくしゃくしゃボロボロに泣いた。
清盛が付け足した。
「――と、言いたいところであるが、わしにはどうしても許せぬことがある。絶対に許してはならぬ、憎んでも憎みきれない仇敵(きゅうてき)がいる。そうじゃ!源頼朝のことじゃ!わしはあの男の首が見たかった……。わしに恩を着せられ、わしを裏切り、そしてわしに討たれたあの男の首を踏みにじってやりたかった!そうなのじゃ!この熱病も、この尋常でない熱さも、すべてすべてあの男に対する強烈な恨みがさせておるのじゃ!おのれ頼朝っ!このわしの恨みの大きさが解るかーっ!」
ぼわおう!
「ぎゃーん!」
時子、清盛の熱風のあまりのすさまじさに吹っ飛ばされた。
しばらくして、時子はちょっと焦げて髪がアフロになって戻ってきた。
「たとえわしが死んでも供養はいらぬ。堂宇もいらぬ。わしの望みのただ一つ、頼朝野郎の首だけじゃ!にっくき頼朝の首を我が墓前へ供えよっ!そして、頼朝一門は皆殺しにするのじゃ!女子供でも容赦はするな!ただ一人でも生かしておけば、後々それが平家一門の災いの種になるであろうっ!」
治承五年(1181)閏二月四日、清盛は九条河原口の平盛国邸で死んだ。享年六十四。
壇ノ浦の戦で平家が滅亡するのは、それからわずか四年後のことである。
[2010年8月末日執筆]
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