5.古人大兄皇子の変

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緊迫!朝鮮半島!!
1.孝徳天皇即位
2.韓人が入鹿を殺した?
3.将を射んと欲すればまず馬を射よ
4.中大兄皇子の秘密
5.古人大兄皇子の変

 大化元年(645)十一月、中大兄皇子は今度は本気で古人大兄皇子を討つため、阿倍渠曽倍(あべのこそへ)・佐伯子麻呂(さえきのこまろ)以下兵四十名を吉野へ遣わした。
 すでに先述した古人大兄皇子の側近たちの大半は裏切って飛鳥へ戻っていたため、最後まで命運をともにしたのは、蘇我田口川堀だけだったと思われる。
「お前ら、汚いぞ!無実の人々に対してこんなに大勢で暴力かよっ!」
「うるさいよ、謀反人。まずはお前からあの世送りだ」
「何をー!」
 ちゃん!ちゃん!
 ブスリ!
「うーん、もう終わっちまった〜」
 バターン!

 川堀が討たれた後は古人大兄皇子の家族しかおらず、なぶり殺し状態であった。
「キャー!キャー!」
「いたいてっ!」
「てめー!あっち行かないと、あっちに逝くよー!」
 古人大兄皇子の妃や妾たちは殺されるか自殺し、古人大兄皇子もすぐに捕らえられ、ねじ伏せられて斬られることになった。
「何か言い残すことはないか?」
 渠曽倍に首を突き出させられて問われた古人大兄皇子は、妙なことを語り出した。
「そういえば、入鹿が殺される二、三年前、翹岐
(ぎょうき)なる百済の王族が来日した。その後、百済に帰ったとも聞かないが、いったいどこへ行ってしまったのであろうか?あんたは知っているか?」
「そんなもん知るかあ!覚悟ーッ!」
 バッサリ!
 ころりんこ。

 こうして古人大兄皇子一家はみな殺しにされた。
 若い幼い古人大兄皇子の子女たちも次々に殺され、最後に美少女な倭姫王
(やまとひめおう・やまとひめのおおきみ)だけが残った。
「ヒッヒッヒ!」
 返り血を浴び、血剣を振りかざしながら、ジリジリと取り巻きの輪を小さくしていく渠曽倍らに、倭姫王は恐怖絶頂に達した。
「やめてー!来ないでー!殺さないでー!」
「御安心を。あなただけは殺しません。あなたのことを、さるお方が欲しておりますから」
「さるお方って……、ま、まさか……?」
「そうです!あなたは皇太子妃になるのです!」
「びやーーー!!やっぱり殺しでぇーーー!!!」

*               *               *

 天智天皇七年(667)二月、即位した中大兄皇子(天智天皇)、倭姫王を皇后とした。

[2010年7月末日執筆]
参考文献はコチラ

※ 『日本書紀』にはありませんが、この政変は中大兄皇子の陰謀の可能性が高いと思われます。
※ この政変には九月説と十一月説がありますが、この物語では九月は尋問とし、十一月に討伐が行われたものと解しました。

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