2.やめとこ

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平成二十八年熊本地震
1.やっちゃえ!
2.やめとこ
3.やるしかねえ!

 三入道(少弐貞経+大友貞宗+菊池武時)の陰謀はすぐに露見した。
 博多鎮西探題館に密告する者があったのである。
 時の鎮西探題は、赤橋英時
(あかはしひでとき。北条英時)――。
 鎌倉幕府最後の執権・赤橋守時
(もりとき。北条守時)の実弟であった(「赤橋氏系図」参照)
「探題」
「誰だ?」
「長岡です」
「おお、六郎か。どうした?」
土佐へ流されていた主上のドラ息子
(後醍醐天皇第一皇子・尊良親王)が行方知れずになったとのこと」
「何だと!オヤジに続いて息子まで脱走かよ」
「分かりません。親王の姿を肥前彼杵
(そのぎ。長崎県)で見た者がいると」
「バカな!四国にいるはずの親王がどうして九州にいるのだ!? 誰かが糸を引いているのか?」
「それについては怪しい連中がいます」
「どんな連中だ?」
「少弐・大友・菊池ら三入道に、謀反の動きがあるとのこと」
「確かなのか?」
「定かではありませんが、取り調べるべきかと」
「ならば博多へ一人ずつ呼びつけて取り調べろ。で、言動が疑わしければ、即座に消してしまえ」
「ははっ。まずは誰を?」
「菊池入道だな」
「御意」

 長岡六郎は、菊池武時を肥後隈府(くまべ・わいふ。熊本県菊池市)へ呼びに行った。
「探題がお呼びである。至急、博多の探題館に来られよ」
「何ゆえに?」
土佐に流された尊良親王が行方不明になった。九州での目撃情報がある。追補のため、軍勢を集めたい。そのための打ち合わせだ」
「少弐入道や大友入道も来るのか?」
「ああ。二人は後で呼ぶ。まずは貴殿から来られたし」
「あいわかった。支度が整い次第、すぐに参上する」

 長岡は帰っていった。
「どう思う?」
 武時が意見を求めたのは、息子・菊池武重
(たけしげ)
「父上だけというのは不自然ですね。何かのワナかと」
「お前もそう思うか」
 阿蘇大宮司
(あそだいぐうじ。阿蘇神社神官長)・阿蘇惟直(これなお)も不安がった。
「謀反の件がバレたのではありませんか? 個別に呼び寄せて一人ずつ暗殺する魂胆では? コワッ!」
「その手には乗らぬ。問題はどこまでバレているかだ」
「決起の日もバレているんですかね?」
「ならば決起の日を変えるだけだ。十四日ではなく、十三日の朝に探題館を襲撃する。この旨を小弐・大友に知らせよ」

 武時は少弐貞経のところへ八幡宗安(やはたむねやす)を遣わした。
「陰謀が探題の耳に入ったようです」
 貞経は青くなった。
「まずいではないか! 非常にまずいではないか!」
「ですから我が主人菊池入道は、決起の日を一日早めるとのことです。小弐様もこれに合わせてください」
「それで探題軍に勝てるというのか?」
「はい」
「わしは無理だと思う。敵は鎮西探題だけではない。長門探題
(ながとたんだい)六波羅探題もいるのだ」
「我々は鎮西探題赤橋英時だけを倒せばいいんです。長門は河野
(こうの)らが、六波羅は赤松(あかまつ)らが倒してくれます」
「そううまくいくであろうか?」
「はあ?」
「東からの戦況報告は、このところ幕府方優勢のものばかりだ」
「私はそのようには聞いておりませんが」
「やめだ」
「え?」
鎮西探題館襲撃は中止だ」
「何をおっしゃいます! 探題はもう知っているんですよ! 探題を襲わなければ、我々が成敗されるんですよっ! 我々はもう、後戻りはできないんですよっ!」
「わしは後戻りできるいい方法を思いついた」
「そんな方法はありません!」
「いや、ある。おぬしの首を探題に差し出せばいい」
「!」
「で、『菊池のヤローが謀反に誘ってきましたけど、わしはきっぱり断わりました〜』って、しらばくれればいい」
「!!」
 貞経は部下たちに命じた。
「やれ!」
 ボカ!スカ!
 ブッスリーン!
「うう〜、ひきょう〜」

 宗安は討ち取られた。
 貞経はその首を手土産にすると、大友貞宗とともに探題館に参上した。
「探題さま〜。謀反人菊池入道武時の手先を討ち取ってまいりました〜。えへえへ」
「御苦労」
 赤橋英時はとがめなかった。
 戦の前にこびてくる者を罰する理由はなかった。

 元弘三年(1333)三月十三日卯の刻(午前六時頃)、菊池武時は百数十騎を率いて博多に乱入、探題館を目指した。
 途中、なぜか武時の馬がピタッと止まって進まなくなった。
「ひいーん! ばるばるっ」
「どうした?」
 馬の視線の先には、櫛田神社
(くしだじんじゃ。博多区)の社殿があった。
「神が俺を止めようとするのか?」
 武時は矢をつがえた。
 ひょう!と、放った。
「いかなる神といえども、俺の進撃を止めることはできぬ! 覚悟のほどを受けてみよっ!」
 バリッ!
 バリリッ!
「きょーん!」
 矢は神扉二枚を貫通した。
 同時に馬の金縛りが解けて歩けるようになった。
「そらみたことか」
 武時は進撃を再開した。
 後で誰かが神殿の中をのぞくと、大蛇が刺さって死んでいたという。

「菊池寂阿入道来襲ー!」
 報告を受けても、赤橋英時は動じなかった。
「待ってました!」
 詳細は小弐・大友から聞いていたため、大軍を用意して待ち構えていた。
「者共、返り討ちにしてやるのだ!」
「おおーっ!」
 探題軍の士気は高かった。
 が、神をも恐れぬ菊池の小勢のほうがもっと高かった。
 初めは押し出して戦っていた探題軍も、館内に押し返されて籠城
(ろうじょう)戦に専念するしかなくなってしまった。
 さすがに英時も動揺してきた。
「何をしている! 外に戦いに行かぬか!」
「だって、菊池さん、強すぎなんで〜」
「敵兵がバラバラ入ってきているではないか!」
「え! 怖いよ〜」

 英時は自害を覚悟した。
 そんな時、小児貞経と大友貞宗が六千騎を率いて来援した。
 英時は喜んだ。
「よしっ! これで逆転だー!」

 一方、菊池武時も少弐・大友軍の来援を喜んだ。
「なんだ。我が勢有利と見て勝ち馬に乗りに来たか」
 そう勘違いしたのであるが、あろうことか彼らは菊池勢に斬りかかってきた。
「裏切り者めが!」
 武時は怒ったが、形勢逆転、圧倒的不利は否めなくなった。
 彼は嫡子武重と阿蘇惟直を呼んだ。
「俺は何も間違ったことはしていない。俺は義のためにここで死ぬ。お前たちには兵五十騎を与える。肥後へ逃れて再起を図ってくれ。それと、これを妻子に」
 武時は笠符
(かさじるし。敵味方を区別するために鎧の袖につけた小旗)を引きちぎると、それに辞世の句を書いて武重に託した。

  故郷に今夜(こよい)ばかりの命とも知らでや人のわれを待つらん

 武重は泣いた。
「親が死ぬというのに、放っておけましょうか。私もここで死にとうございまする〜」
「バカ者! お前を残しておくのは天下のためぞ! お前が生き延びなければ、誰が主上を助けるのだ! 阿蘇、頼むぞ! こいつを連れて行けっ!」
「ははーっ」
 武重らは泣く泣く肥後へ落ちていった。
 武時は残った兵たちに号令をかけた。
「少弐・大友には目もくれるな! ねらうは探題の首のみぞ! 我に続けーっ!」
 菊池勢百余騎は一丸となって探題の館に乱入した。
 武時や菊池頼隆
(よりたか。武時の庶子)らは犬射の馬場で、菊池覚勝(かくしょう。武時の弟)らは中庭で討ち死にしたほか、残る全員も玉砕したという。
 菊池武時の享年は四十二
(異説あり)。 

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