2.やめとこ | ||||||||||||||
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三入道(少弐貞経+大友貞宗+菊池武時)の陰謀はすぐに露見した。
博多の鎮西探題館に密告する者があったのである。
時の鎮西探題は、赤橋英時(あかはしひでとき。北条英時)――。
鎌倉幕府最後の執権・赤橋守時(もりとき。北条守時)の実弟であった(「赤橋氏系図」参照)。
「探題」
「誰だ?」
「長岡です」
「おお、六郎か。どうした?」
「土佐へ流されていた主上のドラ息子(後醍醐天皇第一皇子・尊良親王)が行方知れずになったとのこと」
「何だと!オヤジに続いて息子まで脱走かよ」
「分かりません。親王の姿を肥前彼杵(そのぎ。長崎県)で見た者がいると」
「バカな!四国にいるはずの親王がどうして九州にいるのだ!? 誰かが糸を引いているのか?」
「それについては怪しい連中がいます」
「どんな連中だ?」
「少弐・大友・菊池ら三入道に、謀反の動きがあるとのこと」
「確かなのか?」
「定かではありませんが、取り調べるべきかと」
「ならば博多へ一人ずつ呼びつけて取り調べろ。で、言動が疑わしければ、即座に消してしまえ」
「ははっ。まずは誰を?」
「菊池入道だな」
「御意」
長岡六郎は、菊池武時を肥後隈府(くまべ・わいふ。熊本県菊池市)へ呼びに行った。
「探題がお呼びである。至急、博多の探題館に来られよ」
「何ゆえに?」
「土佐に流された尊良親王が行方不明になった。九州での目撃情報がある。追補のため、軍勢を集めたい。そのための打ち合わせだ」
「少弐入道や大友入道も来るのか?」
「ああ。二人は後で呼ぶ。まずは貴殿から来られたし」
「あいわかった。支度が整い次第、すぐに参上する」
長岡は帰っていった。
「どう思う?」
武時が意見を求めたのは、息子・菊池武重(たけしげ)。
「父上だけというのは不自然ですね。何かのワナかと」
「お前もそう思うか」
阿蘇大宮司(あそだいぐうじ。阿蘇神社神官長)・阿蘇惟直(これなお)も不安がった。
「謀反の件がバレたのではありませんか? 個別に呼び寄せて一人ずつ暗殺する魂胆では?
コワッ!」
「その手には乗らぬ。問題はどこまでバレているかだ」
「決起の日もバレているんですかね?」
「ならば決起の日を変えるだけだ。十四日ではなく、十三日の朝に探題館を襲撃する。この旨を小弐・大友に知らせよ」
武時は少弐貞経のところへ八幡宗安(やはたむねやす)を遣わした。
「陰謀が探題の耳に入ったようです」
貞経は青くなった。
「まずいではないか! 非常にまずいではないか!」
「ですから我が主人菊池入道は、決起の日を一日早めるとのことです。小弐様もこれに合わせてください」
「それで探題軍に勝てるというのか?」
「はい」
「わしは無理だと思う。敵は鎮西探題だけではない。長門探題(ながとたんだい)も六波羅探題もいるのだ」
「我々は鎮西探題赤橋英時だけを倒せばいいんです。長門は河野(こうの)らが、六波羅は赤松(あかまつ)らが倒してくれます」
「そううまくいくであろうか?」
「はあ?」
「東からの戦況報告は、このところ幕府方優勢のものばかりだ」
「私はそのようには聞いておりませんが」
「やめだ」
「え?」
「鎮西探題館襲撃は中止だ」
「何をおっしゃいます! 探題はもう知っているんですよ! 探題を襲わなければ、我々が成敗されるんですよっ!
我々はもう、後戻りはできないんですよっ!」
「わしは後戻りできるいい方法を思いついた」
「そんな方法はありません!」
「いや、ある。おぬしの首を探題に差し出せばいい」
「!」
「で、『菊池のヤローが謀反に誘ってきましたけど、わしはきっぱり断わりました〜』って、しらばくれればいい」
「!!」
貞経は部下たちに命じた。
「やれ!」
ボカ!スカ!
ブッスリーン!
「うう〜、ひきょう〜」
宗安は討ち取られた。
貞経はその首を手土産にすると、大友貞宗とともに探題館に参上した。
「探題さま〜。謀反人菊池入道武時の手先を討ち取ってまいりました〜。えへえへ」
「御苦労」
赤橋英時はとがめなかった。
戦の前にこびてくる者を罰する理由はなかった。
元弘三年(1333)三月十三日卯の刻(午前六時頃)、菊池武時は百数十騎を率いて博多に乱入、探題館を目指した。
途中、なぜか武時の馬がピタッと止まって進まなくなった。
「ひいーん! ばるばるっ」
「どうした?」
馬の視線の先には、櫛田神社(くしだじんじゃ。博多区)の社殿があった。
「神が俺を止めようとするのか?」
武時は矢をつがえた。
ひょう!と、放った。
「いかなる神といえども、俺の進撃を止めることはできぬ! 覚悟のほどを受けてみよっ!」
バリッ!
バリリッ!
「きょーん!」
矢は神扉二枚を貫通した。
同時に馬の金縛りが解けて歩けるようになった。
「そらみたことか」
武時は進撃を再開した。
後で誰かが神殿の中をのぞくと、大蛇が刺さって死んでいたという。
「菊池寂阿入道来襲ー!」
報告を受けても、赤橋英時は動じなかった。
「待ってました!」
詳細は小弐・大友から聞いていたため、大軍を用意して待ち構えていた。
「者共、返り討ちにしてやるのだ!」
「おおーっ!」
探題軍の士気は高かった。
が、神をも恐れぬ菊池の小勢のほうがもっと高かった。
初めは押し出して戦っていた探題軍も、館内に押し返されて籠城(ろうじょう)戦に専念するしかなくなってしまった。
さすがに英時も動揺してきた。
「何をしている! 外に戦いに行かぬか!」
「だって、菊池さん、強すぎなんで〜」
「敵兵がバラバラ入ってきているではないか!」
「え! 怖いよ〜」
英時は自害を覚悟した。
そんな時、小児貞経と大友貞宗が六千騎を率いて来援した。
英時は喜んだ。
「よしっ! これで逆転だー!」
一方、菊池武時も少弐・大友軍の来援を喜んだ。
「なんだ。我が勢有利と見て勝ち馬に乗りに来たか」
そう勘違いしたのであるが、あろうことか彼らは菊池勢に斬りかかってきた。
「裏切り者めが!」
武時は怒ったが、形勢逆転、圧倒的不利は否めなくなった。
彼は嫡子武重と阿蘇惟直を呼んだ。
「俺は何も間違ったことはしていない。俺は義のためにここで死ぬ。お前たちには兵五十騎を与える。肥後へ逃れて再起を図ってくれ。それと、これを妻子に」
武時は笠符(かさじるし。敵味方を区別するために鎧の袖につけた小旗)を引きちぎると、それに辞世の句を書いて武重に託した。
故郷に今夜(こよい)ばかりの命とも知らでや人のわれを待つらん
武重は泣いた。
「親が死ぬというのに、放っておけましょうか。私もここで死にとうございまする〜」
「バカ者! お前を残しておくのは天下のためぞ! お前が生き延びなければ、誰が主上を助けるのだ!
阿蘇、頼むぞ! こいつを連れて行けっ!」
「ははーっ」
武重らは泣く泣く肥後へ落ちていった。
武時は残った兵たちに号令をかけた。
「少弐・大友には目もくれるな! ねらうは探題の首のみぞ! 我に続けーっ!」
菊池勢百余騎は一丸となって探題の館に乱入した。
武時や菊池頼隆(よりたか。武時の庶子)らは犬射の馬場で、菊池覚勝(かくしょう。武時の弟)らは中庭で討ち死にしたほか、残る全員も玉砕したという。
菊池武時の享年は四十二(異説あり)。