1.クジ将軍 〜 足利義教登場 | ||||||||||||||
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応永三十五年(1428)一月、大御所・足利義持(「足利氏系図」参照)は死の床についた。
足から黴菌(ばいきん)が入り、悪化して重態に陥ったという。
時に将軍は空位であった。
応永三十二年(1425)二月に五代将軍・足利義量(よしかず。義持の子)がわずか十九歳でアル中で夭折(ようせつ)して以降、前将軍・義持が事実上の将軍として政務を執ってきたのである(「将軍一覧」参照)。
「余に跡継ぎはいない」
義持にとって、義量が唯一の嗣子であった。
弟はいた。
父・三代将軍足利義満が溺愛(できあい)し、臣下初の即位を目指した「天皇崩れ」のお坊ちゃま・義嗣(よしつぐ)という弟がいたが、謀反に加担して命を奪われていた。
このほかにも何人かの弟がいたが、いずれも出家している。
「義嗣がいれば……」
義持は後悔した。
「こんな世の中だ。一度や二度反抗したぐらいで殺していては、おぞましい数の者どもを葬り去らなければならなくなる。義嗣も殺すべきではなかった……」
だからこそ義持は、反抗と謝罪を繰り返している鎌倉公方・足利持氏を応永三十二年(1425)に猶子(ゆうし)、つまり事実上の後継者に指名したのである。
が、管領・畠山満家(はたけやまみついえ)、宿老・山名時煕(やまなときひろ。「山名氏系図」「戦争味」など参照)、黒衣の宰相・三宝院満済(さんぽういんまんさい・まんぜい)ら幕閣はそれを許さなかった。
「もし、鎌倉公方が将軍になれば、管領には関東管領が就くであろう」
「その他幕閣も鎌倉府の者で固めるであろう」
「それでは我々の立場がない。商売上がったりよ」
幕閣は持氏の存在を黙殺した。
畠山満家はあえて持氏の名を出さず、虫の息の義持に迫った。
「将軍後継にふさわしい大御所様の弟様は四人。青蓮院(しょうれんいん。京都市東山区)の義円様、大覚寺(だいかくじ。京都市右京区)の義昭(ぎしょう)様、相国寺(京都市上京区)の永隆(えいりゅう)様、三千院(さんぜんいん。京都市左京区)の義承(ぎじょう)様。いずれも出家済みですが、この中から選ぶのがスジというものでございます。さあ、どなたを後継者になさいますか?」
満家は河内・紀伊・越中・大和宇智(奈良県五條市)守護を兼ねる、畠山氏史上屈指の権勢家である。
義持はうめいた。
「余がその名を口にしても、そちたちが入れなければ意味がない。言わぬ。そちたちに任せる」
「では、この中から我々が勝手に選出してもいいのですね?」
義持は笑っちまった。
「フッ、四人の弟は仲が悪い。昔から常に張り合っていた。たとえ誰を将軍に選んだとしても、ほかの三人が恨み言を言うだけだ。口ですめばいい。骨肉相食む争乱になるやも知れぬ。弟たちの中から一人を選ぶということは、そういうことなのだ。それともなんだ? 争いを起こさず、四人が四人とも納得するような妙案があるというのか?」
「ございますとも」
口を挟んだのは三宝院満済。
醍醐寺(だいごじ。京都市伏見区)座主・三宝院(醍醐寺塔中)門跡で、大僧正(仏教界首領)・准后(じゅごう。准三宮。中宮に準じる者)を極め、四天王寺(大阪市天王寺区)別当・東寺(京都市南区)長者等を歴任、政治・外交・宗教に精通する怪僧である。
義持は驚いた。
「どんな方法があるというのだ?」
「クジでございます」
但馬・備後守護を兼ね、まもなく安芸守護も兼ねる「ミスター守護請」山名時煕は吹き出した。
「ハハハッ! さすがは満済殿。それ以上に恨みっこなしの妙案はございませんな」
満家は義持に迫った。
「大御所様。これなら文句はありませんな?」
「う、うーむ」
一月十八日、大御所・足利義持は逝った。享年四十三。
これを受けて満済がクジを作り、時煕が閉封、満家が若宮八幡宮(わかみやはちまんぐう。六条左女牛八幡宮。現在は京都市東山区)にてクジを引いたのである。
クジ引き地は石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう。京都府八幡市)という説もあるが私は支持しない。保延六年(1140)石清水八幡宮炎上以降、その神霊は若宮八幡宮に遷ったとされていたため、若宮八幡宮のことを石清水八幡宮と記録したに違いないからである。
「将軍後継は青蓮院義円様!」
「え、拙僧が? ホントに拙僧でいいの? どうも〜」
翌十九日、義円は権中納言・裏松義資(うらまつよしすけ)邸に入居、三月に還俗して「義宣」と改名、ついで永享元年(1429)三月に「義教」と再改名し、参議・左近衛中将(さこのえちゅうじょう)・征夷大将軍に就任した。
そして、彼は豹変(ひょうへん)したのである。
「余はこの間までの拙僧ではない。天下の征夷大将軍じゃ! みなの者、一人残らず余にひれ伏し、我が『正道』に屈せよ! そして、この京の都に栄華の大輪を咲かせるのじゃー!」
「ははーあー」