1.標的共の13人

ホーム>バックナンバー2022>令和四年8月号(通算250号)凶弾味 血盟団事件1.標的共の13人

安倍元首相射殺
1.標的共の13人
2.声援を衝け
3.危険がくる

 井上日召の本名は井上昭(あきら)
 明治時代の新聞記者・朝比奈知泉
(あさひなちせん)から、
「君の名前は昭っていうのか。分解すると。日召になるね」
 と、いわれてから、日蓮宗僧っぽくそう名乗るようになった。
 正式な僧侶ではないが、大正十年(1921)に満州より帰国してから各地で修行し、悟りを開いて昭和四年(1929)に磯浜
(いそはま。茨城県大洗町)にあった立正護国堂(りっしょうごこくどう)の住職になった。
 昭和五年(1930)に昭和恐慌が押し寄せると、護国堂は窮乏農民や右翼学生たちのたまり場になった。

日召上人」
「何だ?」
「金持ちはずっと金持ち。貧乏人はどんなに働いても貧乏のまま。この固定された格差社会、どうにかならないものでしょうか?」
「なるよ。やろうとすれば解決するけど、やろうとしないからどうにもならないだけだよ。私は何度も提言しているが、政治家や富豪たちは耳を傾けてくれない。ただ、軍人たちの中に話がわかる人もいるが、共同戦線は無理だろう」
「おいらは農村出身ですが、農村の疲弊は悲惨です。欠食児童娘の身売りが問題化しています」
「そうですよ。おらが好意を持っていたミヨちゃんも売られちゃいました。ウウッ!」
「東北ではもっと悲惨で、組織的に娘の身売りが行われているとか。上人。なぜ政治家や金持ちたちはこんな悲惨な事態を傍観しているんですか?」
「政治家や富豪たちは人身売買の横行を悲惨な事態とは思っていない。むしろ、安価でオンナが手に入るので喜んでいる」
「ひでえ! 鬼畜外道なヤツラだ!」
「おらのミヨちゃんを返せ!」
「まあまあ。こんなところで騒いでいたところで何も解決しない。問題を解決させるには、行動を起こすことだよ」
「何をすればいいんですか?」
「簡単なことだ。鬼畜外道なヤツラをやっつけてしまえばいいんだよ」
「そんな。おいらたちはただの民間人です。ろくに武器も持っていないのに、軍隊や警察に守られている政治家や金持ちたちに勝てるわけないじゃないですか。国家転覆なんてムリですよ」
「国家転覆なんてしなくてもいい。ただの民間人にできる戦いは、一人一殺で十分だ」
「一人一殺?」
「そうだよ。我々一人ずつが政治家や富豪たち一人ずつを暗殺していけばいいんだよ。我々と政治家や金持ちたちの武力や財力には雲泥の差がある。しかし、命の数はみな同じ一つずつで対等だ。カネの戦いなら連中には絶対にかなわないが、命のやり取りでなら勝てないことはない。政治家や富豪は我々の言論を無視し続けるが、暴力を振るわれては本気で対処しなければならなくなる。連中の前には言論ほど無力なものはない。暴力でしかヤツラを目覚めさせることはできないのだよ」
「なるほど」
「でも、これって人殺しじゃないですか。いくら悪いヤツラでも殺人は気が引けるな」
「人殺しだと思うからやましくなるだけだよ。これは殺人ではなくて人助けなんだ。我々が少数の極悪な政治家や富豪たちを消すことによって、たくさんの善良な民や娘たちが助かるんだ。我々は悪いことをしようとしているわけじゃない。いいことをしようとしているんだよ」
「そうだよ! 勧善懲悪こそ我が本意なり!」
「おらも同じだ」
「で、具体的にどんな連中を殺
(や)るんですか?」
「とりあえず以下の十三人を挙げてみた」

  ・犬養 毅 首相。
  ・床次竹二郎 鉄道相。
  ・鈴木喜三郎 法相。
  ・若槻礼次郎 前首相。
  ・井上準之助 前蔵相。
  ・幣原喜重郎 前外相。
  ・池田成彬 三井財閥の大物。
  ・団 琢磨 三井財閥の大物。
  ・木村久寿弥太 三菱財閥の大物。
  ・西園寺公望 元老。
  ・牧野伸顕 内大臣。
  ・伊東巳代治 枢密院議長。
  ・徳川家達 貴族院議長。

 そしてこれら標的には、血盟団員から暗殺担当者が割り当てられた。

  犬養担当 森憲二(京大生)
  若槻担当 田中邦雄(東大生)
  井上担当 小沼正(農民)
  幣原担当 久木田祐弘(東大生)
  池田担当 古内栄司(小学校教員)
  団 担当 黒沢大二(農民)
  西園寺担当 池袋正釟郎(東大生)
  牧野担当 四元義隆(東大生)
  伊東担当 菱沼五郎(農民)
  徳川担当 須田太郎(国学院大生)

 ほぼ一人一殺であるが、牧野伸顕暗殺の補助に田倉利之(京大生)が加えられ、黒沢は西園寺公望暗殺の補助に回された。
 なお、担当者には変更や異説があり、標的は最多で二十二名に上ったという。

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