3.危険がくる | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2022>令和四年8月号(通算250号)凶弾味 血盟団事件3.危険がくる
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小沼正に撃たれた井上準之助は帝大病院に搬送されたが、十五分後に絶命した。享年六十四。
小沼は群衆にボコられてあっさり逮捕されたが、
「井上前蔵相の財政政策が恐慌を招き農村を荒廃させた」
「拳銃は伊東亀城(いとうかめき)から盗んだ」
本当とウソを混ぜて背後関係は明かさなかった。
井上日召は二月九日の晩、
「小沼が殺った」
権藤空き家に駆け込んできた久木田祐弘の報告で知った。
「警察が動き出します。念のため、アジトもここから変えたほうがいいでしょう」
四元義隆の提案で渋谷常盤松町の頭山満(とうやまみつる)邸に変更した。
井上準之助暗殺後、政治家の警備が厳重になった。
菱沼五郎の標的を伊東巳代治(いとうみよじ)から鈴木喜三郎(すずききさぶろう)に変更したが、鈴木は演説会場にも現れなかった。
「政治家はダメだ。富豪をねらおう」
菱沼には団琢磨をねらわせることにした。
団がねらわれた理由は、ドル買いでボロもうけした三井の大物だからだという。
三月三日、四元義隆は菱沼に拳銃を渡した。
四日、菱沼は船橋の海岸で拳銃を試射し、都内へ舞い戻ってきた。
五日の朝、菱沼は団の暗殺を決行するため三井本社に向かった。
午前十一時頃に着いたが、団はまだ出社していないようであった。
玄関には巡査がいたため長居はせず、隣の三越百貨店の地下街で時間をつぶして出社を待った。
一方、井上準之助暗殺以降、三井側も警戒はしていた。
「理事長も防弾チョッキを装着されてはいかがですか?」
団は部下から勧められたが、防弾チョッキを着てみて、
「重い〜」
と、嫌がった。
「でも、命を守るためです。着ていたほうがよろしいかと」
「大丈夫大丈夫。わしは何も撃たれるような悪いことはしていないから」
団は断固着ようとはしなかった。
五日の朝は十時から役員会議があったが、団は寝坊していた。
「理事長は何をしているんだ?」
「電話します」
文書課社員(後の三井不動産社長)の江戸英雄が電話をかけた。
団は十一時半になってようやく出社したが、来ないほうがよかった。
パン!
玄関の階段で背後から菱沼に撃たれて死んでしまったからである。享年七十五。
「あの時、自分が電話しなければ」
後年、江戸は団の孫(団伊玖麿)に謝ったという。
菱沼は団を射殺した後、その場で自殺しようとしたが巡査に取り押さえられて逮捕された。
三月十五日、警察にアジトをかぎつけられた日召は、
「頭山さんに迷惑がかかる」
と、切腹しようとしたが、
「宅を血まみれにされたらもっと迷惑だろ」
と、天野辰夫(あまのたつお)に止められて自首した。
一味も次々と逮捕され、いちおう事件は決着したのであった。
[2022年7月末日執筆]
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