4.終わりだよ

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体罰はやめるべきか?
1.怖いよ
2.近づかないよ
3.恨むなよ
4.終わりだよ

 僕は病気になった。
 延喜帝がお亡くなりになられた頃から体調がおかしかった。
 人々はうわさした。
延喜帝菅家の怨霊にたたり殺されたそうじゃ」
「東国で平将門
(「悪党味」「桓武平氏系図」参照)とやらが反乱を起こしたのも怨霊の仕業だそうな」
左大臣時平公の早世もしかり」
時平公の御長男保忠卿も御病気だそうだが、怨霊にねらわれたのだろう。かわいそうに。もう長くはあるまい」

 うわさを耳にした僕は恐怖に包まれた。
「助けてくれー!」
 僕が泣いていると、正義の味方がやって来た。
「御安心なさいませ。私が助けて進ぜよう」
 僕は病床で飛び起きた。
「本当ですか? あなたは誰ですか?」
「尊意
(そんい)と申します」
「尊意猊下
(げいか)ですか!」
 天台座主
(てんだいざす。天台宗最高位)を務め、後には大僧都(だいそうず。仏教界ナンバーツー)まで昇ることになる、僕でも知っている高僧だった。
 僕は思い出した。
「そういえば猊下は延喜帝加持祈祷もなさったとか?」
「ええ、しましたよ。『地獄に落とすな』という延喜帝のお望みどおり、確かに天国へ送って差し上げましたが。フッフッフ」
「そうですか。それはたのもしいです」
「ちなみに大納言殿は天国と地獄、どちらがお望みで?」
「僕は死ぬが怖いんだ!天国と地獄の選択じゃなくて、死にたくないんだ!」
「そういうことなら延命措置の読経を出しておきますね〜」
「お薬みたいに言うんですね〜」

 尊意は読経を始めた。
 経を聞いているうちに、疑問に思ったことがあった。
(怨霊にたたり殺された延喜帝は本当に天国に逝けたのだろうか?)
 しかし尊意は、
『確かに天国へ送って差し上げました』
 と、さっき言った。
 僕はますます疑問に思った。
(確かにって、生きている人が死後のことを確かめるスベがあるんだろうか?)
 僕は不安になった。
(尊意ほどの高僧ならあるんだよ!きっと!)
 僕は自分に言い聞かせたが、不安をぬぐい去ることはできなかった。
 僕は別のことも思い出した。
(そういえば昔、黄泉
(よみ)の国を見てきたとか言う男が延喜帝に変なことを言い放ったことがあった。はて?その人は何て言ったっけな?)
 死後三日たって蘇生した源公忠
(みなもとのきんただ)のことである(「入試味」「光孝源氏系図」参照)
 僕は記憶を探った。
(何て言ってたっけ?)
 僕ははっと思い出した。
 鮮やかによみがえってきた。
『死んで地獄に落ちた帝は、鉄窟苦所
(てつくつくしょ)にて永久に灼熱(しゃくねつ)の責め苦を受け続けるのです!』
 僕は恐怖した。
(ありゃりゃ!延喜帝は地獄に落ちてるじゃねぇか〜〜)
 恐怖は絶頂に達した。
(ってことは、この坊主は、ま、まさか……、ぼっ、僕も……!)
 僕のおどおどを感じ取ったのか、尊意がチラ見した。
 別に気にもせず、続けて経を読んだ。 
「所謂
(いわゆる)、宮毘羅大将(くびらたいしょう)〜」
 僕は聞き違えた。
「『首がないじょー』 だって!この坊主、今、僕に『首がないじょー』か、『首、折れたじょー』って言いやがった! コイツは僕の病気を治そうなんて思っていない! 僕を呪い殺すつもりなんだ!うわー!!」
 ボキボキボキキッ!
「ぐべ!」
「あれ?大納言殿?」
「……」
大納言殿!どうかしました?」
「……」
 ずちゃ!
「うわっ! しっ、死んでる! 誰かっ! 誰か来てくれー! 菅家の怨霊しゃー!」

 こうして僕は死んだ。
 享年四十七。
 承平六年(936)七月十四日のことだった。

 僕の恐怖は死んでからも続いた。
 僕の叔父が従弟
(実頼。叔父の子。「狂気味」参照)とこんな話をしていた。
「それにしても、保忠は気の毒だった」
「まだ若かったのに」
「おまえよりできがいいヤツだったのに残念だ。ヤツが生き続けていれば、おまえやおまえの弟
(師輔)の出番はなかった」
「死んでしまってはおしまいです。菅家の怨霊は恐ろしいですね。伯父
(時平)の系統を根絶やしにする気ですかね?」
「その点、うちの系統は心配ない。私は最後の最後まで菅家の味方だった。だから私は菅家の怨霊など怖くはない。それに、この世の中には怨霊より恐ろしいものもある」
「確かに。この世の中は恐ろしいものだらけです。でも、恐ろしいことを物語として読むのはおもしろいんですけどね」
「人の不幸は蜜
(みつ)の味ってヤツか」
「昔の歴史もおもしろいものばかりです。でも、日本の歴史書は『日本三代実録』で途切れちゃいました。寛平帝以降の正史がないんです。どうして編修しないんですか?父は歴史書を編修できる立場にあるのに。歴史書を編修すれば、自分の功績も後世に伝えることができるのに」
「歴史は物語ではない。ニセの歴史など、後世に伝える必要はない」
「だから、ニセの歴史ではなくて正しい歴史を伝えればいいじゃないですか〜。ありのままの、正しい歴史を〜」
「正しい歴史? ――ごめんだね」
 叔父は笑った。
 そして、その理由を語った。
「なぜなら私は、自分の名前を極悪人として後世に残したくないからだ」

[2013年1月末日執筆]
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