2.二馬がゆく

ホーム>バックナンバー2021>令和三年7月号(通算237号)強行味 鵯越の逆落とし2.二馬がゆく

東京五輪強行
1.坂の上の苦悩
2.二馬がゆく
3.馬下青年過ぐ

 誰一人として鵯越から攻め下りようとしない中、源義経に武蔵坊弁慶が提案した。
「殿。試しに馬を一頭、放してみてください。普通に馬が下りられるとわかれば、この者たちも安心して攻め下りるでしょう」
「それもそうだな」

 義経は黄覆輪(きぶくりん。金覆輪)の鞍(くら)を載せた馬を放して下ろさせた。
「ひん!?」
 たじたじ!もじもじ!
 全然下りようとしなかったため、
「早く行けよ!」
 どん!
 と、突き落としてあげた。
「ひよ!」
 黄覆輪の馬は怖がった。嫌がった。猛烈に騒いだ。
「ひゃーん! ひゃーん!」
 ずずず、ずずずずず。
 黄覆輪の馬は、初めは足を突っ張って滑り落ちていったが、
 ずりずりずり、ずりずりずりりりー! どてっ!
 ついに耐えきれなくなって転倒した。
「ぎゃひーん!」
 ごろん!ごろん!ごろごろごろごろーーーー!!
 黄覆輪の馬は勢いよく転がり、加速していった。
 どん!どか!ぼきぼきぼきき!!
「ぶひーん!! ひひーん! いてーて! ひやほー!!」
 ちーん!じゃらじゃらじゃらら〜!
 パチンコ玉のように派手にあちこちの木々にぶつかりながらである。
 どどーん!
「ぶひほ!」
 そして最期は地響きを上げて大木にぶつかったっきり、ピクリとも動かなくなった。
「……」
 黄覆輪の馬が静かになると、崖上の人々もシーンとなった。
「かわいそうに」
 俺は合掌
(がっしょう)した。
 俺の愛馬「三日月」もおびえまくっていた。

「……。あ、あは、あはは、ははは……」
 義経がこわばった笑みで口を開いた。
 そして、上ずった声でみんなに説明した。
「みなの者、見たか? あれが崖の下の平家の運命だ。ひっひっひ、なんて悲惨なんだ! ドン引きだぜ! あははは!!」
 義経は笑ったが、他に誰も笑う者はいなかった。
 義経は弁慶に命じた。
「よし、次はもう一頭、源氏に見立てた馬を放せ。今度は源氏の運命なんだからな、慎重に下りさせるんだぞ」
「わかりました」
 弁慶は今度は白覆輪
(しらぶくりん・しろぶくりん)の鞍を載せた馬を放した。
「ひん!?」
 たじたじ!もじもじ!
 同じように怖がって下りようとしなかったが、今度は突き落としはしなかった。
「早く下りてくださいよ〜」
 と、お願いするだけにしたが、白覆輪の馬は聞いてくれなかった。
「ひややー!」
 白覆輪の馬は、崖とは反対方向へ一目散に逃走してしまった。

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