3.馬下青年過ぐ | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2021>令和三年7月号(通算237号)強行味 鵯越の逆落とし3.馬下青年過ぐ
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白覆輪の馬は逃げたきり帰ってこなかった。
源義経はいいように解釈した。
「みなの者、見たであろう! これは縁起がいいぞ! 平家に見立てた黄覆輪の馬は死んだ!
源氏に見立てた白覆輪は生き残った! この戦は勝利ぞ! みなの者! 私に続いてこのなだらかな坂を駆け下りよ!」
「……」
「……」
「……」
鼓舞してみたが、無反応な「みなの者」に義経は戸惑った。
「どうした?貴様ら、 『おおー!』とか反応しろよっ!」
三浦義連は苦笑するしかなかった。
「だって、結局、この崖から馬は駆け下りられなかったじゃないですか〜」
「仕方あるまい。さっきの二頭は人が手綱を握っていなかったから下りられなかったのだ。人が上手に操れば下りられないはずはない」
「無理ですって!」
義経は青筋を立てた。
「何だと? もう一度言ってみろ!」
「何度でも言ってやりますよ! できないことはできません!」
「貴様ぁ」
義経は、ちっちゃいのにすごんだ。
三浦を見上げて脅迫した。
「――弁慶にボッコボコにされたいのか?」
「!」
ぼき!ぼききっ!
強面で屈強で大男な弁慶が指を鳴らしながら近づいてきた。
「殿、お呼びでしょうか?」
ぼこん!ボカーン!
近くの大木を鉄拳(てっけん)や肘鉄(ひじてつ)でぶち倒しながら歩み寄ってきた。
「そ、そんな……」
三浦は完全にビビってしまった。
義経は最大限の圧力をかけた。
「貴様の運命は二つに一つだ! ここから飛び降りて平家の連中を殺るか、飛び降りずに弁慶に八つ裂きにされるかだ!
さあ! どっちがいい!?」
三浦は決心した。
「飛びます!飛びます!」
愛馬に飛び乗って崖を駆け下りるしかなかった。
「うおぉぉぉぉぉー!」
「ひひぃぃーーーん!」
すでででででででででーん!!
三浦も馬も土煙を上げて一気に滑り落ちていったため、瞬時に平家の陣の中に吸い込まれてしまった。
緑と茶色が邪魔で、一人と一頭が生きているかどうかはわからなかった。
義経は満足した。
「見事な一番掛けだ」
そして、一瞬だけニヤリとすると、今度は俺をにらみつけた。
「次は貴様だ! 貴様が下りろ!」
「……」
俺が返事をしないでいると、またしても脅しにかかった。
「弁慶の手をわずらわせたいのか! 貴様の運命も二つに一つだ! 私は生き残れる方を選んだほうがいいと思うぞ!」
「殿、お呼びでしょうか?」
ばかーん!うぉりゃー!!
弁慶が石橋をたたき割りながら、大岩を投げ飛ばしながら迫ってきた。
俺は進退これきわまった。
俺は愛馬「三日月」にまたがると、崖の上に立った。
びゅ〜びゅびゅ〜!
風が強くなってきた。
三日月の足がガタガタ震えてきた。
(怖いか?)
俺は心の中で話しかけた。
三日月の心の声が返ってきた。
『できましぇ〜ん』
俺は笑っちまった。
(できないよな)
次から次へと笑いがこみ上げてきた。
(こんなバカなこと、できるわけないよなっ!)
俺は三日月から下りた。
「どうした?」
義経が聞いた。
「馬が嫌がっている」
俺が答えると、義経はあざ笑った。
「馬ではなく、貴様が嫌なのであろう! 臆病者が!」
俺は義経をにらみつけた。
義経が慌てて弁慶の背中に隠れ縮こまると、彼の腕を引っ張りながらすごんだ。
「弁慶よ、殺っちまえ! まさか、血祭りにあげられるほうを選ぶとは思わなかったぜ!」
「待て!俺は下りないとは言っていない!馬では下りないだけだ!」
「馬で下りなければ何で下りる?」
「自分の足でだ」
「自分の足だと!? 馬を置いていくのか?」
「いや、馬は置いていかない。怪我させないような俺が背負って下りる」
「馬を背負う!? そんなこと、できるもんかぁー!」
「できますとも!」
俺は手綱や腹帯で三日月を十文字に縛り上げた。
椎木(しいのき)を切って作った杖(つえ)を持って踏ん張ると、
「おりゃーーー!!」
ぐばあぁん!
掛け声を上げて三日月を背負い上げてしまった。
「すげー!」
で、驚いている人たちを尻目に、
どか!どか!どか!どか!どかか!
一歩一歩、崖を下りていったのである。
「なんてヤツだ」
義経は舌を巻いた。
弁慶が促した。
「三浦も畠山も攻め下りました。我々も後に続きましょう!」
「そうだな」
義経はそう言ったのに崖から離れた。
「あれ? ここから攻め下りるのでは?」
不思議がる弁慶に、義経が笑った。
「ここはちょっと無理であろう。私はあちらのゆるい坂から下りる」
「!」
[2021年6月末日執筆]
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