3.ボ ロ 〜花山法皇襲撃事件! | ||||||||||||||
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翌長徳二年(996)一月、藤原伊周はついに決定的なボロを出した。
花山法皇を恋敵と間違えて襲撃してしまったのである。
花山法皇は一条天皇の前の天皇である。
十七歳で天皇になり、わずか在位一年十か月にして、藤原氏の策謀によって出家させられた。「寛和の変(かんなのへん・かんわのへん)」というが、この事件もおもしろいので、いずれ採り上げたい(「安倍味」参照)。
「藤原氏のクソったれ!」
花山法皇はおもしろくなかった。
ヒマだし、エロに走った。
彼は女にもてるためだけに、自身を磨いた。外見だけではなく、内面も磨いた。和歌を勉強し、絵画・建築・工芸・造園なども学んだ。
たいていの女は彼の手に落ちた。それでも落ちない女に対しては、身分を明かしてやった。女たちは断れなかった。断れるはずがなかった。
彼は母方の祖父・故摂政藤原伊尹(これただ)の娘のところにも通った。その乳母の娘にも手をつけた。そのまた娘も同時にはらませてやった。
「こりゃええわ」
彼は病み付きになった。
昼の帝王を辞めさせられた彼は、夜の帝王を目指すようになった。
故太政大臣・藤原為光(ためみつ)には数人の娘がいた。
娘たちはそろって美人だった。
花山法皇は耳が早くて手も早かった。
そのうち一人が花山法皇の女御になった。
だが、数年前に彼女は死んでしまった。すると花山法皇は、その妹・三の君のもとに通い始めた。
ところが、三の君のそのまた妹・四の君のもとには、伊周が通っていた。
ある晩、伊周は四の君のもとに通う途中、花山法皇の車を見かけた。
(えへ。法皇も女のところに通うんだな)
最初は笑っていた伊周だったが、自分が入ろうとした故為光邸に花山法皇がうれしそうに鼻歌歌って入っていったため、色を失った。
(ま、まさか、法皇は四の君と……!)
伊周は目の前が真っ暗になった。どうしようもなくて、そのまま引き返した。
花山法皇が事を成している最中に、自分も後からおじゃまするわけにもいかなかった。
何しろ相手は法皇である。お飾りとはいえ、前天皇なのである。
伊周は帰宅した。
隆家が兄の顔色を見て聞いた。
「どうした兄貴?」
「何でもない。水をくれ」
「何かあったのか?」
伊周は差し出された水を飲んだ。そして、泣いた。
「法皇に女を盗られた。四の君を寝取られたんだぁー」
隆家も憤慨した。
「いくら法皇とはいえ、人妻にまでお手をつけられるとは――。よし。君主の過ちを正すのも臣下の勤めだ。少しこらしめてやろう」
「どうやって?」
「法皇の車に矢を射掛けて、二度と来れないように脅しをかけてやろう」
「そんなことをして、大丈夫なのか?」
「何。女がらみのことだ。法皇も表沙汰(おもてざた)にはしないよ」
一月十六日の晩、隆家らは選りすぐりの射手たちを故為光邸の周りに潜ませた。
日が暮れて月が出ると、案の定、御盛んな花山法皇はいそいそと現れ、故為光邸の前に乗り付けた。
隆家は射手たちに命じた。
「法皇とはいえ、人の女に手を出すのは許さん!
こうしてやる!」
闇の中からヒュンヒュンと矢が飛んできて、そのうち一つがプスッと車に当たった。
車内にいた花山法皇は、鋭い矢の切っ先を見て仰天した。
「わっ! 何だか分からんが、本気みたいだ! 逃げろっ!」
花山法皇の車は、一目散に逃げ帰っていった。
隆家は笑ってしまった。
「なんというすばやい逃げっぷりた。これでもう二度と通ってこないだろう」
隆家の思惑通り、花山法皇は二度と通ってこなかった。
そして、このことを誰にも言わなかった。かっこ悪くて言えるはずがなかった。
でも、こういうことはすぐにうわさになり、広まってしまうものである。