5.心 中

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「イスラム国」滅亡
1.串 刺
2.名 誉
3.偽 装
4.潜 入
5.心 中

 東勝寺に長崎高重が帰ってきた。
 長崎円喜が出迎え、孫の鎧
(よろい)に二十三筋もの矢が刺さっているのに気が付いた。
「今までどこで何をしていた? もう終わったのか?」
 高重はかしこまった。
「新田義貞の首をねらい、二十余度も討ち入りましたが、かないませんでした。雑魚どもは散々蹴散らしてきましたが、無益な殺生なので帰って参りました」
 北条高時も出迎えて盃を授けた。
「御苦労であった」
「ははっ」
「なんじが帰ってきたということは、すべてが終わったということなのだな?」
「無念です!」
 高重は号泣した。そして、みんな訴えた。
「ここももうじき賊ども荒らされます。そうなる前に、みなさま、どうか御自害を!私が真っ先に自害して手本を示してみせましょう!」
 高重は鎧を脱いで座ると、弟の長崎新右衛門に酌をさせて三度盃を仰いだ。
 で、前に座っていた御内人・摂津道準
(せっつどうじゅん。親鑑)の前に盃を置いて言った。
「私が切腹するざまを、酒の肴
(さかな)にされたし」
「心得た!」
 高重は刀を抜くと、
 ぷす!
 左の小脇に刃を突き立てた。
 キリキリキリ〜。
 それをそのまま右のわき腹まで移動したのである。
 ぱっくり、もぞもぞりーん。
 結果、裂かれた腹から血が噴き出し、腸が飛び出した。
「これからが見ものですよ」
 高重は飛び出た腸を両手でつかむと、
「秘儀! 腸の舞!ウォー!」
 と、目にもとまらぬ早業で、両手で腸を引っ張り出し始めた。
「オラオラ!オラオラオラオラー!」
 ばっ!ばっ!ぞろぞろ!
 ばっ!ぞろぞろぞろ!
 が、腸というものは存外長いものである。
 ぐばっ!ぐばっ!ぞろぞろ!
 にぎっ!なげっ!にぎっ!なげっ!ぞろぞろぞろぞろぞろ!
 全部引きずり出すためには、相当な労力がいるものであろう。
「ふん!ふんっ!ふんんっっ!」
 それでも高重は、最後の力を振り絞って腸を引き出し続けた。
 ばっ!ばっ!ぞろぞろ!
 ばっ!ぞろぞろぞろ!
 そして、
 ぐばあぁぁぁぁーーーー!
 すべてを引き出し終えると、
 ぶちちちちちっ!
 と、最後に胃袋を引きちぎり、空っぽになった腹の中を見て、
「閉店ガラガラ」
 と、突っ伏して息絶えた。

 眼前で時々腸にムチ打たれながらすべてを見ていた道準は感激した。
「チョー、かっけー!」
 彼は真っ赤になった盃を飲み干すと、
「俺もやるぞー!」
 と、同じそうに切腹してみせた。
 ぷす!キリキリキリ。
 ぱっくり、もぞもぞりーん。
「うおーっ!おらおらおらら!」
 ばっ!ばっ!ぞろぞろ!
 ばっ!ぞろぞろぞろ!
 が、彼は高重ほど体力がなかったため、
「ハアハア、うーん、もうダメ〜」
 早々に意識を失ってしまった。

 続いて、盃と刀を託された諏訪直性(じきしょう)が切腹することになった。
「若者はいろいろ芸を尽くして切腹なさいますが、わしは年寄りなので、激しいマネはできませぬ。あっさりしたものが好きな方は、わしの死にざまを肴にしてください」
 直性は腹を十文字にかき切ると、盃と刀を高時に前に託して静かに伏した。

 高時も覚悟した。
「次は余の番ということだな」
 円喜が止めた。
「いえいえ、まずはこの老いぼれが先に参りましょう」
 すると孫の新右衛門が、
「では私が最後の孝行を」
 と、まず自分が切腹した刀を祖父に突き刺して重なって倒れた。
得宗、お先に〜」
 円喜が逝くのを見て、
「おう、余もすぐ逝くぞ」
 と、高時も切腹して果てた。
 これに安達時顕が続き、金沢貞顕・大仏宗直・北条範貞・名越時元・北条宗有・大仏家時・北条時英・桜田貞国・阿曽治時・北条篤時・長崎高資・長崎思元・隅田通治・摂津高親ら北条一門の二百八十三人が集団自殺したという。
 時に元弘三年・正慶二年(1333)五月二十二日。

(「足掻味」へつづく)

[2017年10月末日執筆]
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