2.禁断の標的

ホーム>バックナンバー2019>令和元年9月号(通算215号)揉消味 平貞盛のもみ消し2.禁断の標的

揉み消しに必死な人々
1.最後の方法
2.禁断の標的
3.生肝の捜索
4.究極の口止め

 丹波康頼が退室した後、平貞盛は息子の平維叙を呼んだ。
「まずいことになった」
「治らないとか?」
「いや、治る方法は見つかった。しかしあの医師、このできものを矢傷が原因だと見抜きやがった」
「そりゃ、名医ですから」
「まさかあやつ、俺が不覚を取ったことをでベラベラしゃべるんではあるまいな?」
「そのような心配は無用です。医師は下世話なことはしゃべらぬものです。それよりも早く傷を治すことでしょう」
「そうであったな。俺の傷は児干が手に入れば治るそうだ」
「ジカン?」
「そうだ。胎児の生肝のことだ」
「胎児って、人間のですか?」
「当たり前だ」
「そんなものをどうやって手に入れるのですか?」
「おまえの妻ははらんでいるそうだな?」
「え!」
「この話は広めたくない。遠くで求めれば俺の不覚話が広まってしまうことになりかねん。だから、近場で済ませることにした。おまえの妻の腹を裂いて胎児から肝を取り出すことにした」
「ええっ!」
「生肝が手に入れば、俺の命は助かる」
「……」
「頼む!肝を取らせてくれ!」
「……。生肝を取られた私の妻子はどうなるんですか」
「死ぬだけだ」
「!」
「その代わり、俺の命が助かる」
「……」
「これは命の選択なのだ」
「……」
「おまえの父親は俺一人しかいない」
「……」
「それに比べておまえの妻子はいっぱいいる」
「いませんよっ!」
「いいや、おまえは今の妻子が死んでも、再婚して新しい妻子を作ることができる。それに比べておまえの父親は俺一人だ。俺が死んだら、永久に新しい父親を作ることはできない」
「そういう問題じゃないでしょ」
「頼む! 父を助けるために今の妻子を捨てろ! 俺は遊びでやってるんじゃないんだよ、こんなの」
「でもこれ、人殺しになっちゃいますよ」
「違うよ」
「違わないですよっ」
「これは人殺しじゃない。――人助けなのだ」
「!」
 貞盛は鯉口
(こいぐち)を切った。
「では、今からおまえの嫁の腹から生肝を取ってくる。おまえは外に出て妻子の葬儀の準備でもしていろ」
 維叙は立ち上がった父を押しとどめた。
「ちょっと待ってください! 私が医師に正しい生肝の取り方を聞いてきますからっ!」

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