4.究極の口止め | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2019>令和元年9月号(通算215号)揉消味 平貞盛のもみ消し4.究極の口止め
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平貞盛の傷を治した丹波康頼は、たくさんの褒美(ほうび)の品々を与えられて京に帰ることになった。
「荷物がたくさんある。帰りに盗賊に襲われるといけないから護衛を付けてあげよう」
貞盛は、国司から判官代を遣わして送らせることにした。
出立の日の朝、貞盛は平維叙を呼びつけて命じた。
「秘密をしゃべりたがらない人間は存在しない。あやつは知りすぎた。やはり、京でしゃべられる前に消すことにした。おまえは老ノ坂(おいのさか。京都・亀岡市境)であの医師を待ち伏せて殺してしまえ。盗賊のふりをして襲うのだ」
「わかりました」
維叙は承知したことにして、こっそり康頼に打ち明けた。
康頼は仰天した。
「何ですと! 守がわしの暗殺を企んでいるですと!」
「安心してください。襲うのは私ですから。あなたは私の妻子を助けてくれました。私はあなたを殺したりはしません」
「では、わしは無事に京へ帰れるんですね?」
「帰れますとも。その代わり、私も任務を遂行したふりをしなければなりません。小細工が必要ですので、私の指示に従ってください」
維叙はコショコショ耳打ちした。
「わかりました」
康頼はうなずいてその通りにすることにした。
康頼は昼間は送別の宴で飲まされ、酉の刻(午後六時頃)に京へ帰ることになった。
判官代の護衛で馬に乗せられて向かったのである。
老ノ坂に差し掛かった時、康頼は隣を歩いていた判官代に声をかけた。
「この坂は長くてきついですよ〜。疲れちゃいますよ〜。わしはこの坂は慣れているので大丈夫です。わしは歩きますので、あなたが馬に乗ってください」
「いえ、客人に歩かせるわけには」
しかし、坂を上り進むにつれて判官代の息が切れてきた。
「ハアハア、本当にきついですね」
「でしょー? 上りの間だけ、馬、代わりましょうか?」
「でも、それは――、フウフウ」
「もうヘロヘロじゃないですか〜。医師の言うことは聞いたほうがいいですよ〜」
「じゃあ、ほんの少し、上りの間だけ」
康頼は馬から下りた。
判官代が馬に乗ったのを見計らったように、維叙率いる偽盗賊団がジャジャジャーンと登場した。
「盗賊だ!金目のものは全部置いてきなっ!」
「出たー!」
「怖いよー!」
「逃げろー!」
供の者たちは荷物を残して蜘蛛(くも)の子を散らしたようになった。
判官代も逃げようとしたが、
「あの馬に乗っているヤツを射よ!」
という維叙の指示によって射られた。
ヒュン! ぷす!
「うえ!痛い〜、違うんですぅ〜」
どさ!
判官代は落馬して動かなくなった。
こうして判官代は殺されたが、康頼は無事帰京することができた。
「老ノ坂で医師を殺しました」
維叙の復命を受けて、
「うむ、御苦労」
貞盛は満足した。
が、後日、京で康頼が生きていることを知って維叙に詰め寄った。
「どういうことだ?」
維叙は用意していた言い訳をした。
「どうやら医師と間違えて判官代を殺してしまったようです。判官代はなぜか医師を乗せたはずの馬に乗っていました。辺りが暗くなっていたので射手も間違えたのでしょう」
「それならやむを得ん」
「何なら京に刺客を送り込みますか?」
「それはやめておこう。そこまでしたら話を広げてしまう。うわさが広まるのは避けたい」
「ですか」
しかし、貞盛の悪行のうわさはじわじわと広まっていった。
「うちの父ちゃんの御主人様って、すごい怖いひでえ人なのよ〜」
貞盛第一の郎党・館諸忠(たてのもろただ)の娘がしゃべっちまったのが原因だと『今昔物語集』にあるという。
[2019年8月末日執筆]
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※ 平維叙の官職は、『今昔物語集』では「右衛門尉」ではなく「左衛門尉」になっています。