1.強欲な長者 | ||||||||||||||
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昔々、たいそうな長者がおりました。
田畑千町百姓千人牛馬千頭を所有し「朝日長者」とも呼ばれていた大金持ちです。
名は秦伊侶具(はたのいろぐ。伊呂具・伊侶巨とも)。
先祖が神功皇后(じんぐうこうごう)の新羅征伐(「2004年12月号 紙幣味」参照)で活躍し、子孫代々大富豪になったそうです。
秦伊侶具 PROFILE | |
【生没年】 | ?-? |
【別 名】 | 秦伊呂具・秦伊侶巨 |
【出 身】 | 山背国(京都府)? |
【本 拠】 | 山背国(京都府) |
【職 業】 | 富豪 |
【関連地】 | 稲荷大社(京都市伏見区) |
秦氏は渡来系の大豪族。賀茂(かも)氏と並んで平安遷都以前の山背を地盤に栄えた古豪です(「2005年6月号 怨霊味」参照)。
現在まで残る広隆寺・木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ。木島神社・蚕ノ社。京都市右京区)・松尾大社(まつのおたいしゃ・まつおたいしゃ。松尾神社。京都市西京区)・稲荷大社などはみな秦氏が造営したものです。
伊侶具もまた、秦一族の当主として大いに栄華を極めていたのです。
余談ですが、私は秦氏は天孫族の末裔(まつえい)、賀茂氏は地祗(ちぎ)族の末裔(「2006年9月号 北方味」参照)と考えておりますが、今はもったいぶって多くは述べません。いずれ味を改めて。
伊侶具は非常に強欲でした。
どうすれば財産が増えるかだけしか考えていない男でした。
そのため、百姓や牛馬を酷使しました。
日が暮れてもなお、たいまつで周囲を照らして百姓たちを働かせました。
これが後に「沈む夕日を扇で扇ぎ上げた」逸話になったのでしょう。
「働け! もっと働け! お前たちが苦しめば苦しむほど、わしの財産は増えるのだ!」
米の収穫量が増えればいいわけではありませんでした。
豊作の年は余った米を平気で廃棄したのです。
百姓たちは訴えました。
「私たちは腹一杯食べたことはありません。捨てるくらいなら、私たちに分けてください」
しかし、伊侶具は許しませんでした。
「だめだ。お前たちに配れば値崩れする。腹いっぱい食べたければ、もっと稼げばいいではないか。自分たちの働きの悪さを棚に上げておいて何を言うか!
この、ウスノロども!」
百姓たちはカチンときました。
特に新米の百姓の一人は口答えしました。名前が伝わっていないので、仮に百姓Kとしておきましょう。
「長者様。長者様が富豪なのは、私たちが汗水たらして働いているからではありませんか。それなのにそのような言い方、あまりにひどすぎやしませんか?」
伊侶具は怒りました。
「ひどいだと! 昨日今日来たばかりの新米が何を言うか! わしが金持ちなのは、先祖が命を懸けて戦ったからだ!
断じて貴様らが働いているからではない! 文句があるヤツは即クビだ! お前の代わりなどいくらでもいるわっ!」
「そーかいそーかい、お望みどおり辞めてやる!」
百姓Kは鋤(すき)を放り出しました。
「報酬はないぞ!」
「そんなもん、あんたなんかにもらいたくないわ!」
「待ちなさい!」
帰ろうとした百姓Kを、若い女が呼び止めました。
「辞める必要はありません! 悪いのはお父様です。お父様が厳しすぎるんです。お父様の人を人とも思わないやり方がいけないんです」
女は鋤を拾って百姓Kに手渡しました。
「あなたはあなたのやり方で働いてください。ほかの方も同じです。自分でできる仕事を自分なりにやってくださればいいんです」
伊侶具は頑固でした。
「わしはわしのやり方を改めることはない。天下を盗るのは我が先祖の悲願、そのためには莫大な財がいるのだ」
二人が立ち去った後、百姓Kは古参の百姓に聞きました。
「今の女の方は長者の娘さんですか?」
「ああそうじゃ。三女のイチ姫様じゃ」
「ふーん。長者は強欲でも、娘はまともなんだ」
「まともなのはあの方だけじゃよ。長女のタギ姫様も次女のタゴ姫様も長者様そっくりの強欲女じゃよ」