2.川水の代償 | ||||||||||||||
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その年はまったく雨が降らず、葛野川(かどのがわ。桂川)が干上がってしまいました。
川の水がなくては、田んぼに水を張ることはできません。
伊侶具は困りました。
「これではせっかく植えた苗が枯れてしまうではないか」
知恵を貸す者がいました。
「賀茂川(かもがわ。鴨川)から水を引いてもらってはいかがですか? あちらは水が満ち満ちているそうです」
が、賀茂川を管理しているのはライバル豪族の賀茂氏でした。そんなことを頼めば、何か代償を求めてくるに違いありませんでした。
「うーん」
伊侶具は悩みましたが、背に腹はかえられません。
「わかった。頼んでみるか」
伊侶具は賀茂氏の当主に使いを送りました。
案の定、賀茂氏の当主は代償を求めてきました。
「わかりました。貴殿の三人の娘さんのうち一人を私の嫁にいただければ水を分けてあげてもいいですよ」
伊侶具は喜びました。
「なんだ、莫大な使用量か土地を請求してくるかと思ったら、そんなことか」
伊侶具は三人の娘を呼び集めました。
「というわけだ。誰か賀茂氏に嫁に行ってはくれないか?」
三人の娘は黙ってしまいました。
三人は賀茂氏の当主がブサイクなことを知っていました。
伊侶具はタギ姫とタゴ姫に勧めました。
「どうだ。賀茂氏の当主は大金持ちだぞ。金品に目がないお前たちにこれ以上の良縁はないと思うが」
二人は渋りました。
「でも、ブサイクはイヤよね〜」
「ねえ〜」
「頼む。みんなのためだ。水がなければ我が家は貧乏になるんだぞ。百姓牛馬は飢え死にするんだぞ」
「でも、やっぱりブサイクはイヤよね〜」
「ねえ〜」
そのとき、イチ姫が名乗り出ました。
「私が行きます」
「おお、イチが行ってくれるか!」
「それでみんなが救われるのなら、私は喜んで行きましょう」
こうしてイチ姫は賀茂氏の当主の嫁になりました。
松尾大社の祭神の一人・市杵島姫(いちきしまひめ)は、彼女のことではないでしょうか。
あるいは三輪伝説も彼女の結婚話が基になっているのかもしれません(「2003年1月号 初詣味」参照)。
「イチ姫様が嫁に行かれたそうな」
知らせを聞いた百姓Kは悲しみました。
いや、ほかの百姓たちみんなが悲しみました。
「これで残ったのは強欲な方々ばかりだ」
そうです。彼らには今まで以上のより厳しい現実が待っていたのです。