1.柘榴ぶー!

ホーム>バックナンバー2020>令和二年2月号(通算220号)猛威味 北野天神縁起絵巻1.柘榴ぶー!

武漢コロナ猛威
1.柘榴ぶー!
2.地獄かー!
3.託宣んー!

 延暦寺といえば、織田信長による焼き打ちが有名であるが、平安時代から何度も炎上している。
 承平五年(935)にも根本中堂が焼失し、天台座主・尊意
(そんい)によって再建された。
 平将門下総辛島で討ち死にした天慶三年(940)二月、尊意もまた死の床にあった。
「わしは日頃、極楽浄土に生まれ変わりたいと思っていたが、かなうまい。せめて、兜率天
(とそつてん)に転生したい」
 尊意の弟子・恒昭
(こうじょう・こうしょう)が言った。
「師は何も悪いことはしておりません。極楽往生できますって」
「いや、わしほど罪深い者はいまい」
「陽成院
(ようぜいいん。「引退味」参照)の御命令で菅家(菅原道真)の怨霊を偽装したことでしょうか? 仏は寛大です。高尚な目的のための手段なら、大目に見てくださるでしょう」
「何が高尚なものか。ただの私欲じゃよ。わしは菅家の怨霊を利用しただけじゃ。おかげでわしは大僧都に昇り、天台座主にもなって大いに富裕させてもらった。そのために小次郎
(平将門)が犠牲になった。彼をあおって殺したのは、このわしじゃよ(「悪党味」参照)
「いいえ。師は将門殿の調伏はしていませんでした。調伏するふりをしていただけでした。むしろ、反乱が広がるように祈っていたのではありませんか?」
「ハハハ。それはない。ないが、心の中ではそう思っていた。小次郎は菅家の怨霊の名のもとに反乱を起こしたのじゃ。応援しないわけはあるまい」
将門殿は残念でした
(「生首味」参照)
「もうじきわしはあの世へ逝く。すぐに彼にお詫びできよう」
「この世での菅家の怨霊の偽装は私が引き継ぎます。何なら私がお化けのふりをして菅家をおとしめたヤツラの前に出てやってもいいですよ」
「それはやめろ。ウソっぽくなってしまう」
「そんなことないですよ。いかにもお化けらしく見えるいい案を思い付いたんですよ」
「どんな案だ?」
「見てくださいますか?」
「今ここでできるのか?」
「できますよっ」
 ぽい、ぽい、ぽぽい。
 恒昭は柘榴
(ざくろ)の実を何粒も食べた。
 そして、
 ぶーっ!
 と、口に含んだ果汁を一気に吹き出した。
 尊意は死の床なのに飛び上がって嫌がった。
「何をするんじゃ! 汚いなっ!」
 恒昭は平然と聞いた。
「見ました?」
「見たよ! 顔に真っ赤にかかったよっ!」
「赤い霧、見ました?」
「何じゃと?」
「吹き出した赤い霧が、怪物が炎を噴いたように見えませんでしたか?」
「見えねーよっ!」
「なーんだ。これなら怖がらせられるかと思ったんですが……」
「こえーよ! 別の意味で気持ち悪いよっ!」
「残念です」
「やるなよっ! 怨霊に化けて人を驚かそうなんて絶対にやめろよっ!一度でもボロが出たら、今までの苦労は水の泡になるんだからなっ!」
「へい」
「怨霊の偽装はうわさ話だけでいいんじゃ。いかにもありそうな、あいまいな話だけを広めるだけでいいんじゃ。天台宗の我々だけではない。真言宗の連中にも協力を要請しろ。両宗が組めば、何も怖いものはない」
「へい」

 天慶三年(940)二月二十四日、尊意は入滅した。享年七十五。
 時の朱雀天皇は彼に僧正位を贈ったという。

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