1.世界は二人のために

ホーム>バックナンバー2018>平成三十年8月号(通算202号)猛暑味 熊谷直実と平敦盛1.世界は二人のために

豪雨&猛暑
1.世界は二人のために
2.んなわけねーだろ

 その男、悲しみのどん底にいた。
 その男とは熊谷直実
(くまがいなおざね。「熊谷氏系図」参照)――。
 今日の戦いで息子・直家
(なおいえ)を戦死させていた。
 今日の戦いとは
一の谷の戦――。
 源範頼源義経
(「番号味」参照)ら源氏軍が平宗盛(たいらのむねもり。「高齢味」参照)ら平家軍を「鵯越(ひよどりごえ)の逆落とし」なる奇襲で破った戦である(「強行味」参照)
『敵陣へ一番乗りして大手柄を立てるぞ』
『おう!』
 ともに出撃したにもかかわらず、敵兵に取り囲まれ、自分は何とか突破したものの息子の姿を見失ってしまった。
『直家、直家はどこだー?』
 乱戦の中、
『熊谷直家殿、お討ち死に―!』
 という知らせを聞いた。
「やられたか……」
 直実はがっくりした。
 が、戦はまだ終わっておらず、悲しんでばかりはいられなかった。
「息子のカタキだ! 名のある武者を討ち果たしてくれよう!」

 すでに敵軍は敗走を始めていた。
 海へ逃げようと先を争うように船めがけて逃げ散っていた。
 その中で一際派手な鎧
(よろい)に身を固めた武者を見つけた。
「あれだ」
 ねらいを定めた直実は、馬を走らせた。
 近づくと、あることに気が付いた。
「女武者ではないか」
 しかも美形であった。
「決めた」
 直実は方針転換した。
「討ち取らすに生け捕りにする。きっと神仏が息子を失った俺をあわれに思って新妻を差し向けてくれたのであろう」
 直実は馬を走らせた。
 女武者は船へ向かおうと馬を海に入らせた。
 追いつけないと思った直実は呼びかけた。
「待て―!」
 待てと叫んで待つ敵はいなかった。
 直実は呼びかけ方を変えた。
「卑怯者なら逃げうせろ!卑怯者でなければ、引き返して俺と勝負しろ!」
 女武者は止まった。
 マジで引き返してきた。
 ぶさわ!
 母衣
(ほろ)を翻して振り返る勇姿がかっこよかった。
 後ろ姿より正面の方がはるかにまぶしかった。
 直実は歓喜の雄たけびを上げた。
「来い! 俺の新妻!」
 女武者は応じるかのように迫ってきた。
 直実は馬から下りると、太刀を向けてプロポーズした。
「戦の勝敗は決した! 投降すれば命を助ける! 俺と結婚しろっ!」
 女武者も下馬して太刀を構えた。
「あいにく私は女ではない」
 女武者の声は明らかに男であった。
「何!? 男か?」
「残念だったな。望み通り勝負して進ぜよう! 行くぞっ!」
 しかし直実は残念がってはいなかった。
「ほう、近くで見ると、一段と美しい……」
「はい?」
「しゅき!」
「へ?」
「男も女もカンケーねー! 美しいものは美しいだけだ! 俺を見つめてくる真剣なそのまなざしが導き出すものは――、そう! 恋慕の情しかないのだーっ!」
 これには今にも飛びかかろうとしていた若武者の足を止めさせた。
「あはは!このオッサン、わけわかんねーぜ!」
 若武者が笑うと、直実も喜んだ。
「うわあ! 笑顔もかわいすぎる〜!」
「おちょくるな!私は戦いに来たのだ!マジメにやれっ!」
「キャー! 怒った顔もステキーッ!」
 直実のメロメロッぷりに、若武者は完全にやる気をなくした。
「ダメだこりゃ。強そうな相手だと思って引き返してみたら、とんだ食わせモノだった。やはり、逃げさせてもらおう」
「逃がさぬ!」
 背を向けた若武者に、直実が悪質タックルを食らわせた。
 若武者は倒され、組み付かれて動けなくなった。
 若武者はもがいたものの、あきらめた。
「なるほど。見た目通り強いんだな。全く動けないぜ。私の負けだ。私は有名な超美少年だ。名乗らずとも知られている。討ち取って手柄にするがよい」
「討ち取る? そんなもったいないこと、するわけないじゃないか」
「じゃあ、どうするつもりだ?」
「今日から君は俺の息子になった」
「はあ?」
「今日の戦で俺の息子は死んだ」
「それはお気の毒様」
「神仏は息子を取り上げた代わりに君を下さった」
「勝手に決めるな」
「息子の部屋が空いている」
「だからどーした?」
「今日から俺と君は、公然とひとつ屋根の下で暮らしていける」
「?」
「二人のための世界がそこにはある」
「!」
「俺はさびしいんだ! だからずっと俺のそばにいてくれよっ!」
「何で私が?」
「君が美しいからに決まっているじゃないか!」
「……」
「君にとっても悪くない話だ。君は敗者なんだ。敗軍の兵は惨めだ。殺されるかいじめられるしかないんだ!俺は惨めな君を助けたいんだ!」
「……」
「平家は弱い。何度戦ったところで源氏には勝てない」
「……」
「君は弱い。俺から逃げたところでまたすぐにほかの武者に組み伏せられる」
「……」
「次に組み伏せられたらもう、君は間違いなく討ち取られるぞ」
「……」
「どうだ? 悪いようにはしない。俺と一緒に暮らさないか?」
「でも、私をかくまっていることがばれたら、あなたもタダで済みますまい」
「大丈夫だ。絶対見つからない。俺はかつて敗走中の源頼朝さまをかくまっていたこともある。俺はかくまいの達人なのだ。俺に任せろ」
「でも〜、その荒い鼻息を吹きかけられていると、気が進まないんです〜」
「嫌なら誰かに無残に殺されるがいい」
「それも嫌です」
「だったら二人のための世界を選択するしかないではないか」
「どうして二者択一なんですかぁ〜?」
「女々しいヤツめ! 君は今、自分が置かれている状況を解っているのか? 生きるか死ぬかの瀬戸際にあるんだぞ! そんながけっぷちの状態で二者択一は嫌だなんて甘っちょろいモジモジが通用すると思っているのか!」
「わかりました。決めました」
「どっちだ?」
「おじさまとともに暮らします。だからどうか、命ばかりはお助けください」
 直実は狂喜した。
「うっひゃひゃー! そうこなくっちゃー!」

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