2.最期!山名氏清!! | ||||||||||||||
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二条大宮で激闘していた山名氏清軍に、第二の敗報が届いた。
「大足次郎左衛門尉宗信(おおあしじろうざえもんのじょうむねのぶ)殿、内野西口で討ち死にー!」
「山名播磨守満幸さまの軍、丹波へ向けて敗走ー!」
「御大将満幸さま、行方不明ー!」
氏清はいきり立った。
「やかましい!わしらが勝てばいいのだっ!わしらが将軍を討ち取りさえすれば、満幸も舞い戻ってくるであろう!もうじき義理兄も駆けつけてくるのだーっ!わしらは将軍ごときに負けぬ!新田が足利に負けるわけにはいかないのだ!清和源氏の棟梁は、我が山名なり!退くなーっ!進みやがれーっ!」
一方、足利義満本陣にも満幸敗走の知らせは届いた。
「そうか。満幸は落ちたか。ならばあとは氏清だけよの。この戦、勝ちじゃ」
が、一色詮範(いっしきあきのり)は慎重であった。
「御油断なりませんぞ。まだここに山名義理軍が加われば、どう転ぶか分かりませぬ」
「義理は来ぬ」
「は?」
「頼之が策した。義理は本領安堵を条件に挙兵を取りやめたそうじゃ」
「ほう。細川殿もウラでやってくれますなー」
「頼之が策したのはそれだけではない。満幸がここに攻めてくる前に迷子になったであろう。あれも頼之の手の者が満幸を山奥へ導いたおかげじゃ」
「ほほっ。そうでございましたか。もし、満幸軍と山名高義・小林義繁隊が同時に攻めてきたら、大変でございましたな」
「その通りじゃ」
「ふん。細川殿ばかりに手柄は取らせませぬ」
詮範は白糸縅(しろいとおどし)の鎧(よろい)を着ると、黒鞘(くろざや)の太刀二振を帯び、銀の鍬形(くわがた)を打ち付けた兜(かぶと)をかぶって腰を上げた。
で、栗毛の馬に金鎖の馬鎧を掛け、白覆輪の鞍(くら)を置いてまたがったのである。
「氏清は大内・赤松との激闘でヘロヘロでしょう。私が息子とともに見事に討ち取って参りましょう」
今川仲秋(いまがわなかあき)が笑って見送った。
「いわゆる『漁夫の利』ってヤツですな」
「やかましいわ!」
詮範は息子・一色満範(みつのり)と兵三百騎を率い、二引両(ふたびきりょう)の大旗をなびかせて二条大宮へ向かった。
「幕府軍奉行・一色左京大夫詮範、大内・赤松隊に加勢ー!」
「将軍直属の奉公衆三千騎もこれに加勢ー!」
「山名氏家隊、勘解由小路義重(かげゆこうじよししげ)の攻撃を受けて敗走ーっ!」
氏清は悔しがった。
「いかん!満幸も氏家も敗走したのでは、幕府軍のすべての兵がこちらに向かってくるであろう」
氏清は息子の山名時清(とききよ)と満氏(みつうじ)を呼んだ。
「この戦、もはや勝ち目はない。ここはいったん丹波へ逃れ、紀伊の義理兄とともに再起を図ることにする。そなたらは四条大路から桂(かつら。京都市西京区)を目指して逃げよっ。わしは七条大路から逃げる。丹波口で落ち合おう」
時清は疑った。
「もしや父上は逃げないつもりでは?」
満氏もにじり寄った。
「我らは親子。死ぬときは一緒でございまする!」
氏清は二人を突き放した。
「えーい!それだからこそお前たちは不覚者といわれるのだっ!戦というものは、どうしてもかなわぬときだけ死ぬものだ!逃げられるときは逃げ、再起を図るものなのだ!国へ帰れば守るべき家族がいるのだ!今は死ぬべき時ではない!いったん退いて再起を図るときなのだ!」
「それでは父上も御一緒に」
「うるさいっ!わしにはやらねばならぬことがある!誰かこやつらを連れて逃げよーっ!」
すると、近くにいた家来たちが先を争って名乗り出た。
「ははあっ!それがしが一緒に逃げましょう!」
「いえいえ拙者が!」
「お断りしておきますが、私は逃げたくて逃げるのではございませぬ」
「お殿さまを置いて逃げるのは断腸の思いですが、御命令とあって、いたし方ありませぬ」
「私めにお任せください!」
「私こそお二人を無事に丹波まで」
「それがしが!」
「おれがおれが!」
「それではみんなで!」
「さあ、御曹司さま、みんなで一緒に逃げるのです!」
「父上!」
「父上!」
時清と満氏は大勢の家来たちに連行され、猪熊小路を落ちていった。
「父上ー!」
「必ず、父上も帰ってくるんですぞーっ!」
連中の姿は土煙の中に消えていった。
「ふふん。みんないなくなっちまったか……」
氏清は苦笑した。
「おじさま」
呼ばれて氏清が振り返ると、そこには甥の山名煕氏(ひろうじ。小次郎)がいた。
氏清の弟・氏重(うじしげ。右馬助)の遺児である(「山名氏系図」参照)。
「煕氏か。まだいたのか。何をしている?そなたも逃げよ。ここはもう危ない」
「私は逃げませぬ!私は逃げずにおじさまと一緒に死にまする!」
「何を言う!今わしが言ったことを聞いていなかったのか!今は死ぬべきときではない!国へ帰って守るべき者を守るのだ!」
「国へ帰っても、私には守るべき者はおりませぬ!」
煕氏は泣いていた。
氏清はハッとした。彼が思い出したことを、煕氏は叫んだ。
「おじさまは親をなくした私を養子にして本当の息子のように大切に育ててくれました!私に身内はありません!おじさまだけが私の身内なのです!おじさまだけが、私の守るべき者なのです!帰る?どこに帰るというのです!?
私はおじさまのもとを離れません!おじさまから離れろということは、私に死ねと言うことです!」
煕氏は短刀を抜いた。
それを自分の胸に突き立てようとした。
「わかった!」
氏清は短刀を取り上げた。
「好きにするがいい!そなたこそ、わしの唯一の息子じゃ」
煕氏を抱き寄せて泣いた。
「これから敵陣へ最後の突撃をする。ともに参ろうぞ!」
「はい!おじさま!」
「山口弾正はいるか?」
「いますよ。何しろ私は忠臣と呼ばれてますから〜」
「残っている者はどれくらいだ?」
「十七、八騎かと」
「二千騎もいたのに、ずいぶん少なくなったな」
「申し訳ございませぬ」
「しかれども、将軍の首一つを取るぐらいには十分な数だ」
「十七、八対一ですからな」
「みなの者!将軍はついに出てきたぞ!わしらに討ち取られるために、のこのこと本陣から顔を出してきたぞーっ!わしは今から将軍の首を取りにいく!将軍の首は早い者勝ちじゃーっ!」
「負けませんぞー!」
氏清らは敵陣へ突撃した。
ドドドドド!ワーワー!ヒヒーン!
「しゃらくせえ!」
詮範は小笠原三河入道(おがさわらみかかわにゅうどう)・大河原長門守(おおかわらながとのかみ)・河崎肥前守(かわさきひぜんのかみ)ら屈強の部将を繰り出して応戦した。
チャーン!チャーン!
ビシッ!バシッ!
「敵は疲れ切っているぞ!ケガをしているぞ!たいしたことないぞ!」
「しかも小勢だ!」
「おれたちが負けるはずがねえー!斬り放題だぜえー!」
乱戦の中、氏清は長刀の先で額を突かれた。
ぼすっ!
「ううっ!」
ぱあーっ!
血が散って目が見えなくなり、とりあえず押小路大宮(中京区)へ退いた。
「殿!」
山口が駆け寄った。
氏清が顔を押さえながら命じた。
「もうダメだ……。目が見えなくてはなんともならない。わしは腹を切る。幕を引けーっ!」
「ははっ」
山口は幕を引いた。
氏清は腰を下ろした。
山口はクチャクチャに泣いた。
「ううう……。無念です!拙者もお供仕りまする〜」
が、
「そうはさせぬ!」
と、じゃまする者があった。
バリバリと幕を破って乱入してきた詮範であった。
「山名陸奥守氏清!とうとう見つけたぞ!切腹は許さぬ!おぬしはこの一色左京大夫詮範の一子・左馬頭満範に討たれて出世の肥やしになるのだー!」
「ふん。そううまくいくかな?」
氏清はヨロヨロと立ち上がると、手探りで馬に乗った。
「――将軍にゴマをするキザ野郎とクソガキ親子を討ち取るぐらいに、目などいらぬわーっ!」
「ほざけーっ!」
詮範は愛刀「泥丸」を振りかざし、馬上から切りかかってきた。
ガシッ!ガシッ!チーン!
氏清に二太刀浴びせたが、兜の鉢をたたいただけであった。
「何だそのなまくら刀は!どこをたたいておるのだ!?」
それでも氏清の体勢は崩れた。
「ならばこうしてやる!」
詮範が太刀を振り下ろし、そのままぐいぐい押し続けると、
どう!
たまらず氏清は落馬した。
詮範は満範に促した。
「今だ!とどめを刺せっ!」
「はいっ!」
満範は義満からもらった太刀・国綱(くにつな)を、起き上がろうとした氏清の首筋に突き立てた。
ブス〜ン!ぴゅー!
「うーん」
氏清は果てた。
享年四十八。
「よくもよくもー!殿のカタキー!」
山口が鬼の形相で向かってきたが、
「危ない!」
バッサリ!どかっ!ぼすっ!
「あおーん!」
詮範の手下どもによって返り討ちにされた。