3.策動!藤原仲成!!

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自衛隊が暴走することはないのか?
1.発病!平城天皇!!
2.病臥!嵯峨天皇!!
3.策動!藤原仲成!!
4.言訳!藤原内麻呂!!

「ねーえ」
「何?」
「あたしのこと、好き〜?」
「好きに決まっているじゃないか。薬子は朕のこと好き?」
「いやー。チンはやめてー。どっちのチンかわかんないから〜」
「どっちも好きなんだろーん?」
 ガサガサ。
 ぴらーん。
「キャー!キャー!」

 取り組み後、薬子平城上皇をいじりながら頼んだ。
「お願いがあるんだけど〜」
「何だい?」
「あたし、あなたがもう一度高御座
(たかみくら)に座っている姿が見たいな〜。だって、すっごく格好よかったんですよー。もー、キュンキュン〜」
 高御座とは、天皇が即位や朝賀などに座る席のことである。
 平城上皇は残念がった。
「ボクはそれを弟帝に譲ったんだ。いまさら返してもらうわけにはいかないんだよ」
「だったらもう一個、作ってくださいな〜」
「二つもあるのは変だよ。ボクはもう帝じゃないんだから、そんな勝手なことはできないよ」
「変?弟帝は大臣納言がいるのに、蔵人所とか妙なもんを作ったんでしょ?そっちのほうが変じゃない?勝手すぎな〜い?」
「うーん、それもそうだね」
「ねー、タカミクラ、もう一個作って〜!もう一度、帝にもなってよ〜!都ももう一つ、造ればいいじゃ〜ん!」
「いい年してとんでもない駄々をこねるなよ〜。みっともない!」
 平城上皇が向こう向きに寝返った。
 薬子がかぶさって聞いた。
「怒った?」
「グーグー」
「ホントに眠ったら、そんなこと言わないですよねー?」
「グーグー、ププッ!」  
「へっ!吹き出しよった!」
「わー!薬子にはかなわないよー!わかったよー!何でも聞いてあげるよー!」

 翌日、平城上皇参議藤原真夏を呼びつけた。
「賢いお前に聞きたいことがある」
「はあ。何なりと」
律令では、上皇と天皇とは、どちらが偉いことになっているか?」
「はい。同格ですが……」
「じゃあ、弟帝がしても良いことは、朕もしても良いということだな?」
「基本、そのようになっております」
「朕は決めた」
「何をでございますか?」
「都を平安京から平城京に還都する」
「なんと…!」
 真夏は驚いた。平城上皇は平然としていた。
「そーよ。南都に遷都くんよ」
「そ、それは、ちょっと――」
「何だい?不満〜?」
「っていうかその――」
「最近、弟帝が率いている平安京の者たちは勝手なことをしすぎではないか?観察使を勝手に参議に戻したり、蔵人所という妙なジャマモノを作ったり――。おかげで後宮のドンである我が愛する薬子が直接弟帝にあれこれモノイイやオネダリできなくなってしまって困っているのだ〜」
「はあ……。しかし、平安京の者たちが遷都なんぞ承諾するかどうか――」
「承諾するかどうかは問題ではないよ。帝と同格である先帝の朕がのたまっているのだから、誰も反対できるはわけがないじゃないか」
「ですが――」
 平城上皇は真夏をより近くに呼び寄せて説得した。
「お前は朕の皇太子時代からの側近だ。一方、お前の弟である冬嗣は、弟帝の昔からの側近だ。――いいか?臣下の昇進というものは、それぞれの主君の立場が大きくものをいうのだ」
「はあ……」
「わかるな?お前と冬嗣、どっちが北家の当主を継ぐかは、つまり、朕と弟帝の上下関係で決まるのだ」
「ごもっともです」
「今の朕と弟帝は同格だ。それを朕は弟帝よりも上位に立とうとしているのだ。わかるな?朕が弟帝より偉くなれば、お前は北家の次期当主になれるんだよ」
「なるほど」
「お前は北家の当主になりたいか?」
「……」
「なりたいだろーん?」
「……。なりたいです」
「だったらお前は父親の右大臣内麻呂を説得せよ。善の権化である右大臣平城京へ呼び寄せれば、これに従って百官が平城京に移るであろう。そうすれば、都人たちも大挙して平城京へ引っ越してくるであろう。人のいなくなった平安京はもはや都ではない。平城京だけが日本で唯一の首都になるのだ。へっへっへ!」
「承知いたしました」

 大同五年(810)九月六日、平城上皇は高らかに平城遷都宣言をした。
「――よって、速やかに公卿百官は新都平城京へ参集せよ」
 諸臣は混乱した。
「先帝が平城京で遷都宣言をされたそうな」
「これは重祚ってことか?」
「新帝は何もおっしゃっていないぞ」
「どーなってるんだ?私たちは平城京へ行くべきか?それとも居残るべきか?」
 諸臣は真っ二つに分裂したが、内麻呂が平安京から動くことはなかった。
 その代わり、嵯峨天皇大納言
(同年昇進)兼兵部卿(ひょうぶきょう。兵部省長官≒防衛相)坂上田村麻呂蔵人頭兼左衛士督藤原冬嗣、紀田上(きのたうえ)らを造宮使として遣わしてきた。
「宮城造営のお手伝いに来ました〜」
 このうち田上は平城上皇に近い人物であったが、田村麻呂冬嗣は明らかに嵯峨天皇が差し向けた偵察要員であった。

 藤原仲成は舌打ちした。
「クソッ!内麻呂はなぜ来ないのだ?」
 彼は平安京へ向かう途中、山本の緒嗣別邸に立ち寄っていた。
「内麻呂は貴殿の魂胆を見抜いているんですよ」
「客寄せナントカになりたくないわけか?」
「ええ。それもそうですが、『使用後』のほうが怖いのでしょう」
「……。来るつもりがなければ、新帝を拉致するだけだ。新帝さえ平城京に連れてくることができれば、平安京は都でなくなり、内麻呂もしぶしぶ出てくるしかないのだ」
「――で、立場が逆転した貴殿は、内麻呂の遅滞を責め、『俎板
(まないた)の鯉(こい)』にする」
 緒嗣の言葉に、仲成は参った。
「あなたはすべてをお見通しだな。当然、今回は先帝が勝つこともわかっているであろうな?」
「戦いの勝敗は時の運。先のことはわかりません。ただし、新帝さえ奪うことができれば、勝利を手にしたのも同然でしょう。それができればの話ですが」
「できるさ!おれは今から平安京へ向かい、新帝を拉致する。当然、左近衛大将を兼ねている内麻呂は近衛舎人四百名を率いて追ってくるであろうが、右兵衛督
(うひょうえのかみ。右兵衛府長官=宮城警備隊長)を兼ね、兵衛四百名を率いているおれから取り戻せるはずがない。しかも、おれには参議に左京大夫(さきょうのだいぶ。左京職長官≒都知事+警視総監)を兼ねている多入鹿(おおのいるか)が加勢する。左衛士督の冬嗣も、兵部卿の田村麻呂平城京へ出払っている内麻呂に勝ち目はない!」
 仲成は立ち上がり、緒嗣に勧めた。 
「では、先を急ぐので。あなたも今のうちに先帝のところへはせ参じておいたほうがいいぞ。万が一、新帝拉致に失敗した場合は、先帝には伊勢から東国へ入ってもらう。壬申の乱における天武天皇になってもらうわけだ。とどのつまり、どう転んでも先帝が勝つというわけだ!」
 仲成伊勢
(いせのかみ。伊勢国司長官三重県中部知事)も兼官しているため、あらかじめ東国入りの進路を確保しておいたのである。
 緒嗣はうなずいた。
「当然、私は勝つほうになびきますよ」

 仲成平安京に着くと、さっそく平安宮(へいあんきゅう。大内裏)の西端にある右兵衛府へ入った。
 そして、部下の兵衛たちに命じたのである。
「今から内裏へ入り、新帝をお連れして平城京へ向かう」
「了解!」
 兵衛たちは準備したが、これをさえぎった者がいた。
「ちょっと待て!誰もそんな命令はしていないぞ!」
 仲成は怒った。
「何を言う!これは先帝の命令だ!先帝は都を平城京に定め、重祚なさるのだ!そもそもお前は誰だ?見ない顔だな?部外者はとっとと出て行け!」
 男が辞令を見せて挨拶
(あいさつ)した。 
「申し遅れました。本日九月十日付で右兵衛佐
(うひょうえのすけ。右兵衛府次官=宮城警備副隊長)の大役を仰せつかりました坂上広野(さかのうえのひろの)です」
 例の田村麻呂の次男である。
「何だと!聞いてないぞ!」
 仲成は驚いたが、強気であった。
「いずれにせよおれの部下ではないか!部下が上司の命令に逆らうのか!」
 広野はびびらなかった。もう一つ持っていた辞令を広げ見せて言った。
「残念ながら、本日からあなたは右兵衛督ではありません。あなたは帝により、このとおり、佐渡権守
(さどのごんのかみ。佐渡国司長官補≒新潟県佐渡市長補佐)に左遷されました」
「なんだとぉー!?」
 この日、嵯峨天皇平城上皇の遷都宣言に対抗するため、近江逢坂
(おうさか。滋賀県大津市)美濃不破(ふわ。岐阜県関ヶ原町)伊勢鈴鹿(すずか。三重県亀山市)の三関を封鎖し、上皇側の公卿三名(藤原仲成・藤原真夏・多入鹿)を左遷、尚侍藤原薬子を解任していた。
 広野は勝ち誇ったように命令した。
「したがって、仲成殿は沙汰
(さた)があるまでここで拘禁します。みなの者!部外者はこっちの方だ!捕らえよ!」
「ははあ!」
 兵衛たちが仲成に襲い掛かった。
「なんだてめーら!昨日までの上司に、その目つきは何なんだ!この扱いは何だ!寄るんじゃねえ!」
 仲成は相当暴れたが、
「えーい!今までこき使われた恨みだー」
「やっちまえー!」
「このー!このー!」
 ボコボコにされた上で捕らえられてしまった。
 仲成はシュンとなった。
「なんてことだ……。ちなみに今日からは、誰が右兵衛督になったのだ?」
「もうじき現れると思いますが――」

三関
奈良時代 … 伊勢国鈴鹿(すずか)関・美濃国不破(ふわ)関・越前国愛発(あらち)関
平安時代 … 鈴鹿関・不破関・近江逢坂(おうさか)関
奥州(奥羽)… 常陸国勿来(なこそ)関・陸奥国白河(しらかわ)関・出羽国念珠(ねず)関

 しばらくして、新右兵衛督がやって来た。
 新右兵衛督は自己紹介した。
「こんにちは。本日から右兵衛督を兼ねました藤原緒嗣です」
「ウッソ〜〜〜ん!」
 すっとんきょうな声を上げた仲成に、緒嗣が言った。
「私は言いましたよね?『勝つほうになびきますよ』と」
「そんなぁー!」
「いつかこうも言いましたよね?『策というものは、弄
(ろう)した者のところに必ず返ってくるものですよ』と」
 仲成は絶叫した。
「ひでえ!ありえねー!こんなんありかぁー!!」

 その晩、緒嗣はひそかに拘禁中の仲成に会いに行った。
 仲成は緒嗣の姿を見て苦笑した。
「なんだ。愚か者を改めて笑いに来たか?」
「貴殿は権力をあきらめたほうがいい」
「フッ!こんなところに閉じ込められていて権力など握られるわけがないではないか!おれは内麻呂を俎板の鯉にしようとして、自分がそうなってしまったのだ。バカだろう?」
「そうです。貴殿はバカです。策を人に語るようでは、策士としては失格です」
「だな。いつかもお前にそう言われた」
「明日、ここに内麻呂が来ます。そうすれば、間違いなく貴殿は殺されるでしょう。で、表向きは自殺ということになります」
「……」
「死にたくないですか?」
 仲成は強がった。
「ここまできて、死など怖くはない。ただ――」
「ただ?」
「おれはこの世に一つだけ遣り残したことがある。そうだ。殺
(や)り残したこと――。もはや権力や命なんかに未練はない。おれは死ぬ前にヤツだけはどうしても殺っておきたかった……」
「……」
「それももう、かなわぬ夢だ。おれは極悪人として滅び、ヤツの隠された悪行は永遠にヤミの中に葬られてしまうのだ……」
「……」
 緒嗣はしばらく黙っていたが、口を開いた。
「殺らしてあげましょう」
「……。何だって?」
 仲成は耳を疑った。
 緒嗣はカギを開けた。
「ここから逃がしてあげましょう」
 仲成はかえってあわてた。
「何を言っているんだ?おれを逃がしたお前の立場はどうなるのだ?」
「私はすべてを心得ています。さあ、お逃げなさい」
 仲成は気が変わるといけないので、急いで外へ出た。
「どうなっても知らないぞっ」
 一目散に逃げていった。

 翌十一日、嵯峨天皇は帰京後に大納言に昇格させた田村麻呂を軍師として、平城上皇方に対処した。
「朕は戦いを好まぬ。できることなら死刑もしたくはない。勝つだけではなく、なるべく戦いを短期に終わらせる方法を述べよ」
 田村麻呂は答えた。
「先帝を東国へ入らせないことです。藤原仲麻呂の乱における吉備真備は、徹底して仲麻呂の進路を阻止しました。これと同じで、先帝を東国へ入らせなければ、我が軍は短期にして勝つのです」
 そこへ平城京から前参議藤原真夏と前兵部大輔
(ひょうぶのたいふ。兵部省次官≒防衛次官)文室綿麻呂が投降してきた。
「先帝は中納言藤原葛野麻呂、左馬頭
(さまのかみ。馬寮長官=官馬飼育長)藤原真雄(まお)両名の諫言も受け入れず、挙兵しました!」
 真夏と綿麻呂左衛士府に拘禁されたが、田村麻呂が、
綿麻呂の武勇は使うべきです」
 と、進言したため、即日参議に任じられ、追討軍に加えられた。
「何て寛容な帝だ」
 綿麻呂は小躍りして馬に乗って出陣したという。この翌年、彼は田村麻呂の後継者として征夷将軍となり、蝦夷平定を完了させることになる。
 同日、蔵人頭巨勢野足も参議に新任させ、伊予親王の変で左遷されていた秋篠安人
(あきしののやすひと)参議に再任された。
 また、前大納言藤原雄友
(おとも)も正三位の本位に復され、弾正尹(だんじょういん。弾正台長官≒検事総長)に任じられた。
「おのれ仲成め!よくもだましてくれたな!」
「許さんぞ!」
 この頃にはもう、伊予親王の変は仲成の謀略だったことになっていたのである。
 ついで大外記
(だいげき。政務秘書官)上毛野穎人(かみつけののかいひと・ひでひと・えいひと)も投降し、上皇方の最新情報をもたらした。
「先帝は川口道
(後の伊勢北道・初瀬街道。奈良県桜井市三重県津市)から伊勢へ向かいました。ほぼ全軍がこれに従い、東国でさらに兵を募る模様です!」
「させるな!」
 嵯峨天皇田村麻呂美濃
(愛知県岐阜県)で迎撃するよう指令した。
 また、田村麻呂は別に兵を差し向け、平安京の入り口である宇治橋
(京都府宇治市)・山崎橋(京都府大山崎町)・淀(よど。京都市伏見区)の守りを固めさせた。

 一方、仲成を捕らえたと聞いた内麻呂は、右兵衛府にやって来た。
 が、すでに緒嗣が逃がした後であった。
 緒嗣が小さくなって謝った。
「申し訳ありません。少し目を放したスキに逃がしてしまいました」
 内麻呂が疑った。
「わざとではあるまいな?」
 緒嗣は答えた。
「半分はわざとです」
「半分はわざと?」
「はい。拘禁している者を殺害すれば、人にとやかく言われますが、逃亡犯を殺害しても、これは致し方ないことになりましょう」
「なるほど」
 内麻呂はニヤリとした。その顔に限っては、善人面ではなかった。
「――だが、平城京まで逃亡してしまっては、わざと逃がした意味がないな」
「その心配はありません。仲成の標的はただ一つ、あなた様ですから。必ずや一両日中にあなた様のお命をねらいに参上することでしょう」
「ハハハ!それを私に返り討ちにさせようとするのか?」
 内麻呂は大笑いした。その顔はますます善人面ではなかった。
「いいえ。あなた様は直接手をお下しにはなりません。直接実行するのは、常に部下の役割です」
 左近衛将監
(左近衛府判官=天皇親衛隊高官)・紀清成(きのきよなり)が緒嗣を責めた。
「あなたはとんでもないことをしてくれましたね」
「よいよい」
 善人面に戻った内麻呂がなだめた。
「――緒嗣の言うとおりだ。仲成は独りだ。その悪行ゆえに独りに成り果てたのだ。それに比べて私にはお前たちという優秀で勇敢な部下たちがいる。この私を守ってくれるか?」
 清成らは即答した。
「当たり前です!」
右大臣閣下のためならたとえ火の中、水の中!」
「大悪人仲成を八つ裂きにしてくれましょう!」
 内麻呂は緒嗣にも聞いた。
「卿も私を守ってくれるか?」
 緒嗣も即答した。
「もちろんです。悪人は善人によって滅ぼされるのです!」

 夜は更けていった。
 仲成はなかなか姿を現さなかった。
(今夜は来ないのか?)
 左近衛府に移って詰めていた内麻呂は疑った。
(本当に来るのか?)
 内麻呂は決意した。
「門の外に出て待つ」
「いけません!外は危険すぎます!」
 清成らは反対したが、内麻呂は聞かなかった。
「大丈夫だ。たとえ私が殺されても、お前たちがすぐにカタキをとってくれるであろう」
「閣下ぁ〜」
 清成らはダラダラ感涙した。
「よし!閣下を命をかけてお守りするのだ!」
 近衛舎人たちは内麻呂が外に出ると、かがり火を焚
(た)き、内麻呂を取り巻き、より警備を厳重にした。

 ヒタヒタヒタ――。
 まもなく、闇の中からかすかに足音がした。
 清成らは身構えた。
 タッタッタ――!
 突然、足音が変わった。大きく、近くなった。
「死ねーっ!内麻呂ぉーっ!」
 かがり火が、けだもののような雄たけびを上げた曲者をあぶり出した。
 仲成が剣を片手に内麻呂めがけて突進してきたのであった。
 ビシ!
 ビシ!
 すぐさま清成と右近衛将曹
(右近衛府主典)・住吉豊継(すみよしのとよつぐ)の放った二本の矢が仲成を貫いた。
「うぐ!」
 致命傷であった。
 仲成は突っ伏し、血を吐いたが、なお内麻呂のところへはい寄ろうとした。
「お前だけは……。お前だけは……、生か、して……、おけ、ぬ……」
 内麻呂は笑顔をたたえて応援した。
「もう少しだぞ、仲成!早く来い!私のところまで来てみろ!」
 仲成は内麻呂をにらみつけた。紅い歯を食いしばったものの、ガクッと崩れ落ち、ピクリとも動かなくなってしまった。
 内麻呂が、さも残念そうに言った。
「そうか。お前も父と同じく、わずか二本の矢で絶命したか……。ハハハハハハ!」
 一瞬、仲成は息を吹き返した。
(父上……)
 仲成の父・種継は長岡宮造営中に何者かに二本の矢を受けて射殺された。黒幕とされた早良親王は処罰され、実行犯は処刑されたが、事の真相は定かではなかった
(「 怨念味」参照)
 仲成は気づいた。
(まさか……、お前が……)
 仲成は叫ぼうとした。
 が、すでにこの世のものではなくなっていた彼には、そうすることはかなわなかった。享年四十七。

 仲成が絶命すると、内麻呂は部下たちを褒めたたえた。
「みなの者。帝をおびやかす極悪人は滅びた!よくやってくれた!お前たちは正義を守ったのだ!」
「えい!えい!おー!」
右大臣閣下、バンザーイ!」
天皇陛下、万ー歳!」

*               *               *

 薬子と同じ輿(こし)に乗って東国入りを目指した平城上皇であったが、十二日、大和の越田(こしだ。奈良県奈良市)嵯峨天皇方の軍勢に取り囲まれ、やむなく平城京に戻って出家し、恭順した。
 同日、薬子は毒を飲んで自殺、ここに薬子の変は終結したのである。
 十三日、皇太子高岳親王が廃され、大伴親王
(おおともしんのう。後の淳和天皇)皇太子(皇太弟)となった。

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