2.危険な香り

ホーム>バックナンバー2012>2.危険な香り

南蛮の没落
1.もうけ話
2.危険な香り
3.交換条件

大きな地図で見る
現在の種子島(鹿児島県西之表市ほか)周辺

 天文十二年(1543)八月二十五日、倭寇のボス・王直は、部下百人を乗せた戎克(ジャンク。中国式巨大帆船)種子島の西之の小浦(門倉岬。鹿児島県南種子町)に来航した。
 筆者は昔、「南蛮船が漂流」と習った覚えがあるが、南蛮船ではなく船で、漂流ではなく自発的に来航したとみられる。
 ただ、この船には鉄砲を持ったポルトガル人は乗っていたので、「ポルトガル人が鉄砲を伝えた」ことは確かのようである。
 ポルトガル側の基本資料『世界新旧発見史
(アントニオ・ガルワン著)』には、種子島に漂着したポルトガル人の名前としてアントニオ・ダモッタ(Antonio da mota)、フランシスコ・ゼイモト(Francisco Zeimot)、アントニオ・ペイショット(ペソト。Antonio Pexoto)の三人を挙げているが、漂着年は天文十一年(1542)となっている(天文十二年は日本側の基本資料『鉄炮記(てっぽうき。南浦文之玄昌著)』の説)

 種子島の島民たちは、突如としてドパーンと現れた異国の巨大船に仰天した。
「何だあのでかい船は!」
「形も変だ!」
「魔界の船か?」
 しかも、巨大船が停泊すると、中から異形のポルトガル人も出てきたのである。
 大勢集まった野次馬たちは一気に逃げ散った。
「鬼だ!鬼だ!」
「やっぱり地獄の使船に違いない!」
「怖いよー!」

 大勢の島民たちが逃げ惑う中、西之村主宰・西村時貫(にしむらときつら)が果敢にも応対し、砂浜に指で文字を書いて船から出てきた人々に問いかけた。
『これはどこの船でしょうか?』
 王直が砂浜に出てきて、同様に筆談した。
船だ』
人には見えない異形の方もおられますが?』
『あれは南蛮の商人だ。満刺加
(マラッカ。マレーシア)という南方の都市から連れてきた。怪しい者ではない。島主と商売がしたくて参った』

 西村は、島主の父・種子島恵時(しげとき・さととき)に知らせた。
 島主は時尭であるが、実権は父恵時が握っていたのである。
 恵時は西村に指示した。
「船を湊へ曳航
(えいこう)せよ」
「買い物をなさるので?」
「それはまだ分からぬ。わしは用事がある。しばらく待たせておけ。悪徳商人かも知れぬから勝手に買い物するな」
「ははあ」

 王直の戎克は赤尾木(あかおぎ。鹿児島県西之表市)湊へ曳航された。
 居城・赤尾木城から出てきた時尭は興味津々であった。
「すごいなー、この船〜。変わってるう〜」
 島主の登場に、しめたとばかりにすかさず王直がもみ手をして応対した。
「モットスゴイノモゴザイマスヨ〜」
「へー。珍しいものがあるの〜?」
 王直は時尭鉄砲を見せた。
「ジャーン!コレハ、アットイウ間ニ鳥ガ撃チ落トセル魔法ノ鉄ノ棒!」
「ウッソだあ〜。鳥は高いところを飛んでいるんだよ〜。そんな短い棒じゃあ全然届かないでしょ〜」
 王直は鉄砲マニアのフランシスコ・ゼイモトを呼んで鳥を撃たせた。
 ばーん!
「ぎゃー!」
 ひゅーん!
 ぼて!
 たちまち沼から飛び立った哀れな鳥が一羽撃ち落とされた。
 時尭は目をこすって驚いた。
「スゲー!全然見えなかったけど、どうやって打ち落としたの?」
 王直は弾と鉄砲見せて説明した。
「コノ弾がコノ鉄ノ棒カラ魔法デ発射サレルノデス。魔法デスカラ、トテモ目ニ見エル速サデハアリマセン。鳥モ逃ゲル間モナク落チルシカナインデス」
 ゼイモトは次々と鳥を撃った。
 ばーん!
 ぼと!
 ばーん!
 ぼて!
 ばーん!
 ぼてて!
 ゼイモトは短い間に沼にいた鳥二十六羽を仕留めてしまった。
 時尭は興奮した。
「スゲースゲー!それ、誰でも撃てるの?」
「エエ。ダレデモ」
「ちょっとボクに撃たせてよ〜」
「危ナイデスノデ御用心ヲ」
 ゼイモトは時尭に撃ち方を説明した。
 ばきゅーん!
 時尭が放った弾は鳥には当たらなかったが、彼は跳び上がってはしゃいだ。
「スゲーよ〜!ヤベーよ〜!欲しいよ〜!これ、ボクに売ってよ〜」
「高イデスヨ〜」
「いくらだ?」
 王直は時尭の耳元でコショコショささやいた。
 その金額は一説に二千両
(現在の価値で二億円相当?)であったという。
「うーん。ちょっと高いな〜」
 さすがに躊躇
(ちゅうちょ)した時尭に、王直は定番の作戦に出た。
「今、オ買イ上ゲイタダクト、特別ニモウ一丁オツケシマス」
 時尭は引っかかった。
「買った!」
 即金で鉄砲二丁を購入した。
「うへへ!魔法の棒はボクのもんだ」
 時尭鉄砲にほおずりしているのを横目に、王直はすばやかった。
「ヨシ、トットトズラカルゾッ」
 気が変わらないうちにいそいそと部下たちを船へ引き上げさせると、風のように去っていった。

 しばらくして、恵時が用事をすませて湊へやって来た。
「あ、父上……」
 で、時尭が妙な鉄の棒を抱えて御満悦なのを見て、嫌な予感がした。
「おまえ、まさか……、それ、買っちまったんじゃないだろうな?」
「……。でしたっ」
「何だってぇー!いっ、いくらでっ?」
「……」
「いくらだって聞いているんだよー!?」
「あはっ。ほんのお小遣い程度……」
「ウソつけえーーー!!」

歴史チップス ホームページ

inserted by FC2 system