1.美徳のよろめき

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武藤貴也買春疑惑
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五摂家
近衛家・鷹司家・九条家・二条家・一条家

 近衛家(このえけ)ほど名門はない。
 藤原北家の直系にして、五摂家の筆頭である
(「近衛家系図」参照)
 その臣下随一の名家の嫡男として弘安五年(1282)に生まれた近衛家平
(いえひら)に、下心ありあまる京女たちが黙って見てるだけのはずはなかった。
「知ってる?あの方、親が関白なのよ」
「聞いた聞いた。親だけじゃなくて代々摂政関白のボンでしょ?」
「そう。一生涯保障の超最良物件」
「しかもチョーがつくイケメン」
「早い者勝ちよ!者ども、やっておしまい!」

近衛家平 PROFILE
【生没年】 1282-1324
【別 名】 岡本殿
【出 身】 平安京?(京都市)
【本 拠】 平安京・山城国岡本?(京都市北区)
【職 業】 公卿(政治家)
【役 職】 右少将→権中納言・右中将→権大納言・右大将
→右大臣・左大将→左大臣→関白(1313-1315)
【位 階】 正五位下→従四位上→従三位→正三位
→従二位→正二位→従一位
【 父 】 近衛家基
【 母 】 鷹司兼平女
【 妻 】 家女房
【男 妾】 頼基・忠朝・成定ら
【 子 】 藤原経忠・覚実・慈忠
【兄 弟】 藤原敬平・良覚・慈勝・信助・女(近衛兼教室)
【主 君】 伏見天皇→後伏見天皇
→後二条天皇→花園天皇
【日 記】 伏見院御落飾記(岡本関白記)

 熾烈(しれつ)な争奪戦を経て家平をモノにしたのは、「家女房」なる女。
 経忠
(つねただ)という子を得て、見事に嫁の座を勝ち取ることができた。
 が、油断はできなかった。
「せっかく苦労して勝ち取ったのに、浮気されたらかなわないわ」
 家女房はダンナの行動を徹底的に監視した。
「今夜会合があるんだけど、行ってもいいかな?」
「どんな会合?女の子は来るの?」
「ああ、ちらほら」
「そんなら外出禁止」
「なんでだよ〜?」  
「女がたむろしているところには立入禁止」
「ぶ〜」
 そのため、家平が外出を許された会合は、常に男ばっかであった。
 男むさい体臭に囲まれながら、家平はため息をついた。
「これじゃあ出会いも何もないよ〜」
 ぶうたれる家平に、ある僧が言った。
「嘆きなさんな。宅に帰ればきれいなお嫁さんがいるんでしょ?我々坊主たちなんか、女色は全面禁止ですよ」
「そうだね。でも君たち、その割になんだか生き生きしているんだよなー」
「そりゃもう、秘密がありますから」
「秘密?」
「ええ」
「なに?なに?」
「秘密だから言いませんよ」
「教えてよ〜」
「……」
「頼むよ〜。末は摂政関白になる超名門の御曹司
(おんぞうし)が手をすりすりしてるんだよ〜。教えてくれたっていいじゃないかぁ〜」
「分かりました。では、特別にお耳に」
「なに?なに?」
「男色ですよ」
「ナンショク?」
「ええ、女の代わりに男とチョメチョメするんですよ」
「おええ!そいつは無理だな。その手はさすがに却下!」
「そう思うでしょ?私も初めは受け付けませんでしたが、慣れるとそうでもなくなってくるんですよ。なんというかかんというか、それがもうすごいんですよ!ハマる人は女よりいいって歓喜するようになりますよ」
「ヨダレたれてますけど」
「失礼。でも、奥方から監視されているあなた様にも男色はオススメです。何なら今からでもすぐにかわいい男の子たちを紹介して差し上げますが」
「いいって」
「あなた様のような金も地位もあるイケメンが登場したら、うちの男の子たちも大喜び」
「あっ、あんた、元締めかい!?」
「バレちゃあ仕方ありませんな。しかしあなた様は将来この国の長になられるお方です。この国の多彩な趣向をたしなむすべての民の頂点に君臨されるお方です。そのような万人のことを理解しなければならない立場のお方が、男色の一つも知らないようで国政を主導していくことができるでしょうか?」
「……」
「悪いことは申しません。あなた様の世界を広げるために、男色を一度お試しあれ。さっきあなた様は教えてくれっておっしゃってたじゃないですか〜。教えて差し上げますよ。見目麗しい男の子たちが手取り足取りアレも取り」
「分かった。そんなに言うなら世間勉強のために一度だけ試そう」
「そうこなくっちゃ〜」
 元締めがパンパンと手を打つと、待ち構えていた稚児
(ちご)たちが大勢駆け寄ってきた。
「さ、さ、どうぞどうぞ。一人でも二人でもまとめて大勢でも」
 家平の気が進まなかったのはそこまでであった。
「うお!」
 彼は、ハメ……、ハマってしまった。

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