2.事実上の夫婦 | ||||||||||||||
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その頃、女帝・称徳天皇は頭を押さえていた。
「うう……」
側近女官の吉備由利(きびのゆり)が尋ねた。
「どうしました?」
「頭痛が〜。それも、何か後頭部を鈍器で一発なぐられたような感じ〜」
「そんなはずは……。あんた、鈍器でなぐった?」
「いえいえいえっ!」
聞かれたもう一人の側近女官・法均尼(ほうきんに。和気広虫)は激しく否定した。
由利が鏡を出して称徳天皇に後頭部を見せてあげた。
「おかしいな〜。なんともなってないわよね〜」
「お疲れなのですよ」
「そーですよ。道鏡さまに診ていただいては?」
「うん。彼が来れば、朕(ちん)はすぐに元気になるわ」
大臣禅師・道鏡はすぐに参内した。
「お呼びでございますか?」
この後、彼は太政大臣禅師、次いで法王と前代未聞の昇進を遂げることになる(「女帝味」参照)。
「女帝が頭痛を治して欲しいそうです」
「ほう。どの部分がどのように痛むのですか?」
道鏡が近づいてくると、称徳天皇は動悸(どうき)が激しくなったが、これは紀益女の呪いのせいではなかった。
「この辺が鈍器でなぐられたように痛かったのよ」
「今は痛くないのですか?」
「ええ。ガツンと一発なぐられたみたいに痛かっただけで、今は治まっているわ」
「ガツンと一発?おかしな話ですな。しかし私はそれと同じような症例を以前に聞いたことがあります」
「ふーん。――で、その症例の人は、その後どうなったの?」
「死にました」
「……!」
「実はその人は、ある巫女に呪われていたのです」
「……!!」
「怖がる必要はありません。私は呪いを行った巫女を知っています。もし、その巫女の仕業であれば、私が女帝には手を出させませぬ!前に申したではありませんか。『私が誰にも指一本触れさせませぬ! たとえ日本中のすべてが敵に回ったとしても、この私が思い付く限りの手段を尽くし、全身全霊をもって女帝だけは守り通してみせましょう!』と」
「絶対よ。約束ですからね」
「ええ。もちろんですとも」
道鏡が称徳天皇の後頭部を触って診てみた。
「仲麻呂の乱で敗れた怨霊(おんりょう)でも取り憑(つ)いているのかしら?」
「それはありえません。西大寺(さいだいじ。奈良市)の建立、百万塔(ひゃくまんとう)の製作など、様々な慰霊を行っておりますので、きやつらの入り込むスキは皆無です」
道鏡は経を唱えたり、後頭部をポンポンたたいたり、耳を当ててみたりした。
「何も、『悪しきムシ』は取り憑いていないようです。今のところは大丈夫です」
「ホントに?」
称徳天皇が振り向くと、間近に道鏡の顔があった。
「でも、本当のことを言うと、今は頭より胸が苦しいのよ」
「どのように?」
「なんだか熱くて、しょっぱくて、キューンと締め付けられるような……」
「ふふん。それは別の意味では?」
「うーん。でも、何か悪い胸の病気かもしれない。いえ、きっとそうよ。ちょっと触って診てみて」
「……」
「診てっ!診てっ!診てくれないと、手遅れで死んじゃうかもしれないよ〜。熱いよ!痛いよー!苦しいよー!」
「それはいけませんな。女帝を病からお守りするのが私の務め。どれどれえ〜」
「そこじゃなくてもっと上〜」
たまらずそそくさと由利と法均尼が席を立った。
「あれ?二人とも、どこへ行くの?出て行けっなんて言ってないのに〜」
「小用です」
「私は大用です。どうぞごゆっくり〜」