2.事実上の夫婦

ホーム>バックナンバー2010>2.事実上の夫婦

平城遷都千三百年祭
1.最強の巫女
2.事実上の夫婦
3.希代の策士
4.敵情偵察
5.二重スパイ
6.寝るしかない
7.和気王の変
8.魔女の墓標

 その頃、女帝・称徳天皇は頭を押さえていた。
「うう……」
 側近女官の吉備由利
(きびのゆり)が尋ねた。
「どうしました?」
「頭痛が〜。それも、何か後頭部を鈍器で一発なぐられたような感じ〜」
「そんなはずは……。あんた、鈍器でなぐった?」
「いえいえいえっ!」
 聞かれたもう一人の側近女官・法均尼
(ほうきんに。和気広虫)は激しく否定した。
 由利が鏡を出して称徳天皇に後頭部を見せてあげた。
「おかしいな〜。なんともなってないわよね〜」
「お疲れなのですよ」
「そーですよ。道鏡さまに診ていただいては?」
「うん。彼が来れば、朕
(ちん)はすぐに元気になるわ」

 大臣禅師・道鏡はすぐに参内した。
「お呼びでございますか?」
 この後、彼は太政大臣禅師、次いで法王と前代未聞の昇進を遂げることになる
(「女帝味」参照)
「女帝が頭痛を治して欲しいそうです」
「ほう。どの部分がどのように痛むのですか?」
 道鏡が近づいてくると、称徳天皇は動悸
(どうき)が激しくなったが、これは紀益女の呪いのせいではなかった。
「この辺が鈍器でなぐられたように痛かったのよ」
「今は痛くないのですか?」
「ええ。ガツンと一発なぐられたみたいに痛かっただけで、今は治まっているわ」
「ガツンと一発?おかしな話ですな。しかし私はそれと同じような症例を以前に聞いたことがあります」
「ふーん。――で、その症例の人は、その後どうなったの?」
「死にました」
「……!」
「実はその人は、ある巫女に呪われていたのです」
「……!!」
「怖がる必要はありません。私は呪いを行った巫女を知っています。もし、その巫女の仕業であれば、私が女帝には手を出させませぬ!前に申したではありませんか。『私が誰にも指一本触れさせませぬ! たとえ日本中のすべてが敵に回ったとしても、この私が思い付く限りの手段を尽くし、全身全霊をもって女帝だけは守り通してみせましょう!』と」
「絶対よ。約束ですからね」
「ええ。もちろんですとも」
 道鏡称徳天皇の後頭部を触って診てみた。
仲麻呂の乱で敗れた怨霊
(おんりょう)でも取り憑(つ)いているのかしら?」
「それはありえません。西大寺
(さいだいじ。奈良市)の建立、百万塔(ひゃくまんとう)の製作など、様々な慰霊を行っておりますので、きやつらの入り込むスキは皆無です」
 道鏡は経を唱えたり、後頭部をポンポンたたいたり、耳を当ててみたりした。
「何も、『悪しきムシ』は取り憑いていないようです。今のところは大丈夫です」
「ホントに?」
 称徳天皇が振り向くと、間近に道鏡の顔があった。
「でも、本当のことを言うと、今は頭より胸が苦しいのよ」
「どのように?」
「なんだか熱くて、しょっぱくて、キューンと締め付けられるような……」
「ふふん。それは別の意味では?」
「うーん。でも、何か悪い胸の病気かもしれない。いえ、きっとそうよ。ちょっと触って診てみて」
「……」
「診てっ!診てっ!診てくれないと、手遅れで死んじゃうかもしれないよ〜。熱いよ!痛いよー!苦しいよー!」
「それはいけませんな。女帝を病からお守りするのが私の務め。どれどれえ〜」
「そこじゃなくてもっと上〜」
 たまらずそそくさと由利と法均尼が席を立った。
「あれ?二人とも、どこへ行くの?出て行けっなんて言ってないのに〜」
「小用です」
「私は大用です。どうぞごゆっくり〜」

歴史チップス ホームページ

inserted by FC2 system