3.希代の策士 | ||||||||||||||
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八逆(八虐) |
謀反(むへん・ぼうへん) 謀大逆(ぼうたいぎゃく) 謀叛(むほん) 悪逆(あくぎゃく) 不道(ふどう) 大不敬(だいふけい) 不孝(ふこう) 不義(ふぎ) |
その晩、道鏡はある男を待っていた。
宮内少輔・藤原雄田麻呂――。
後の希代の策士・藤原百川その人である(「女帝味」「ヤミ味」参照)。
雄田麻呂ほか藤原式家の兄弟は、藤原仲麻呂の乱ではそろって女帝側についたため、乱後はみな道鏡に重用されていた(「式家系図」参照)。
「禅師。何用でしょうか?」
道鏡は渋い顔をしていた。
「深刻な事態だ」
「は?」
「紀益女は、すでに女帝の命を握っている……」
「紀益女というと、あの恐るべき呪いを行うという無敵の巫女!」
「そうだ。仲麻呂の乱における影の功労者だ」
道鏡は人参茶を勧めた。
雄田麻呂は少し飲んで反論した。
「しかし益女は私たちの同志ではありませんか!私たちは仲麻呂憎しで結託し、ともにこれを滅ぼしました!益女も同志として一緒に仲麻呂と戦ったではありませんか!」
「確かに益女は同志であった。しかし、『であった』のだ。今は違うのだ」
「どうして違うのですか?」
「オレが捨てたからだ」
「……!」
「そうだ。益女はオレのオンナであった。しかしオレの本心は、昔も今も女帝にあった。女帝だけにあった!それは、何十年も前の五節の舞で初めて女帝の姿を目にした時から、ずっとずっと変わることのない普遍の想いだ!そうなのだ!オレは益女を利用していただけだったのだ!いとしの女を得るために、最愛の女帝を我がものにするために、あいつの呪術を利用していただけだったのだっ!」
「しかし、益女にはそれが解らなかった。禅師に裏切られたと思った。そして、彼女が抱いていた恋心は復讐(ふくしゅう)心へと変わった」
「そういうことだ。あいつは女帝を殺し、和気王を皇位に就かせて実権を握ろうとしている」
「禅師。益女とよりを戻されては?」
「よりを戻すだと?ありえぬ!そのためにあいつが出してくる条件は分かりすぎている!あいつの条件は女帝の死だ!それ以外にないのだ!できるはずがない!オレは女帝が好きだ!女帝はオレの青春なのだ!オレの人生のすべてなのだ!オレの命そのものなのだ!彼女を死守すること以外に、オレに将来はないっ!」
「だから、そのために私を呼んだ」
「そういうわけだ。お前に頼みがある。益女は相当な面食いだ。これは切れ者で、オレに次ぐイケ面のお前にしかできない仕事なのだ」
「……。オレに次ぐって……」
「益女に近づき、女帝の魂の入ったドクロを奪ってこい」
「……」
「それをしなければ、オレは益女と和気王を謀反(むへん・ぼうへん。八虐の一)の罪で逮捕することはできぬ。先に女帝を殺されては、オレはおしまいなのだ。やってくれるか?」
「やらなければ、私はここから帰ることができないのでは?」
「ほう。さすがに切れる男は話が分かる」
「益女の存在は、我が式家にとっても脅威です。このまま彼女を放っておけば、いずれは恐怖の魔女となってこの国を支配することになるでしょう。そうなってしまっては、ようやく復活してきた我が式家の政界での立場がありません。私の兄たち(宿奈麻呂=良継・田麻呂ら)も弟(蔵下麻呂)も、みな同じ意見だと思います。『式家を脅かす魔女は消すべし!』と」