4.敵情偵察

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平城遷都千三百年祭
1.最強の巫女
2.事実上の夫婦
3.希代の策士
4.敵情偵察
5.二重スパイ
6.寝るしかない
7.和気王の変
8.魔女の墓標

 紀益女は率川社(いさがわのやしろ。率川神社。奈良市)に勤めていたとみられる。
 藤原雄田麻呂は、益女に会うためにそこを訪れた。
「依頼に参りました」
「何の?」
「益女さんのウラ稼業
(かぎょう)の」
「はあ?」
 応対した神官は知らなかったので首を傾げたが、益女は呼んできてくれた。
 益女が影のある笑みで聞いた。
「あたいのウラ稼業のこと、どこで聞きました?」
「うわさでです。その筋の達人だそうですね。――で、これを持ってまいりました」
 雄田麻呂は、持参した袋の中を見せた。
 中にはドクロと髪の束があった。河原で拾ってきた誰のものとも分からないものである。
 益女がうれしそうに言った。
「十分ですね。ここではなんですから、裏でシカにエサでもあげながら、まったりと話しましょう」
「望むところです。話の内容は全然まったりしていませんが」
「うふふ」

 益女と雄田麻呂は人気のないシカ気のある社の裏に回った。
 シカたちはすぐに寄ってきて、二人の差し出す葉っぱをむさぼり食べた。
「で、誰を殺して欲しいの?」
「女帝です」
「なぜ?」
 雄田麻呂は用意してきたウソをついた。
「あの女は、私の愛する女を殺しました」
仲麻呂の乱ね」
「そうです。私は女帝を許せません!」
「で、あなたは何者なの?」
「申し遅れました。私は藤原式家宇合
(うまかい)の八男、雄田麻呂と申します」
「式家?式家は確か兄弟そろって女帝側についたのでは?」
「ええ。他の兄弟全員が女帝側についたため、私もやむなく女帝側につくしかなかったのです。それでも私は彼女だけは助けたかった!なのに……、それなのに……、あんなことになるなんてっ……」
 雄田麻呂は歯を食いしばって悔しがる演技をした。
「あなたの好きな女って、仲麻呂一族の女だったの?」
「ええ」
仲麻呂一族の女たちは、悲惨な死に方をしたそうね」
「ううう……」
 雄田麻呂はグバッと益女にすがって頼んだ。
「すべては女帝のせいです!どうか、女帝を殺してください!お願いします!このままでは私は死んでも死に切れませんっ!カネはいくらでも出します!さんざん女帝をいたぶってからぶっ殺してくださいっ!」
 雄田麻呂は益女にギュッと抱きついた。
 益女がやさしく頭をなでてくれた。
「おー、よしよし」
 プチ!
 なぜか頭上で音がした。
「え?」
 雄田麻呂が顔を上げると、益女が髪の毛を持っていた。
 今抜いた雄田麻呂の髪の毛であった。
「あなたが持ってきたドクロと髪の毛は必要ないわ。女帝の魂を吹き込んだドクロはもうあるから。あなたに頼まれなくても、もう女帝は標的なの」
「そうだったんですか……」
 益女は雄田麻呂が持ってきたドクロを取り出すと、それに雄田麻呂の髪の毛を結び付けて呪文を唱えた。
「あれ?それは私の髪の毛では?」
「そうよ。このドクロにはあなたの魂を吹き込んだの。ほら、赤くなった。はい、出来上がり!」
「どうして私なんかの?」
 益女は雄田麻呂の魂を入れたドクロのあごをなでた。
「ふふふ。あたいは人を信じられないの」
 雄田麻呂は自分のあごをなでられているような感覚がして、ゾッとなった。
(なんだこの女!ホントにこんな術を使うんだ……)
「だからあなたの人質を取ったのよ。うふっ!魂質よね。どう?気持ちいい?」
 気色悪いが、気持ちいいはずがなかった。
 益女、今度はドクロにデコピンしながら聞いた。
「あなた、道鏡に会ってきたの?」
 雄田麻呂はゾワゾワとなりっぱなしであった。
「どうしてそれを……?」
「あなたは道鏡くさいわ。何度も会ってるんじゃない?プンプンにおうよ」
「え、まあ……。使いっぱしりのようにさせられています」
「そう。あたいはその道鏡を殺したいの」
「……」
「あなたは幸せだわ。愛する女があなたを好きなまま死んでいった。つまり、あなたたちの愛は永遠なのよ。もう誰にもじゃまされることはないのよ」
「……」
「でも、あたいの場合は生きているうちに嫌われた。いいえ、その男は、初めっからあたいのことなんてなんとも思ってなかった!しかもその男はいまだに生きている!ほかの女におぼれ腐って、毎日ベタベタ乳繰り合って幸せに暮らしていやがる!」
「……」
「あたいはそんな道鏡を許さない!殺してやるっ!そんなに女帝が好きなら、女帝と一緒に苦しみもだえまくりながら、あの世に逝
(い)っちゃえばいいのよっ!」
「……」
「でも、道鏡には髪の毛がないの。坊主だから」
「プッ!」
 雄田麻呂、思わず吹き出した。
「だから困ってるんだけど、別にどこの毛でもいいの。道鏡のところに出入りしているあなたならできるわ。何でもいいから道鏡の体毛を一本でもいいから盗ってきて。そうすればあたいはヤツを殺すことができるの。お願い。やってくれるよね?」
 益女がデコピンを激しくしながら迫った。
「ううう……」
「何を迷ってるの?あなた、道鏡なんかに義理でもあるの?あたいたちは同志なのよ!生きているか死んでいるかの違いだけで、愛する者を失った者同士なのよっ!あたいたちは運命共同体なのよっ!」
 ばちこん!ばちこん!
「むううん……。ちょっと、デコピンやめてくださいよ〜。おでこ、痛いから〜」
「ふーん。それよりあなたは愛する女のところに行きたいの?そんなら今すぐ逝かせてあげてもいいのよっ!」
「いやです!いやです!」
 ぽーい!すとん!
 益女はドクロを放り投げてキャッチした。
 何度かそれを繰り返し、近くに落ちていたシカのドクロと交ぜてお手玉を開始した。
 ぽいぽい!ぽいぽい!くるりんくるりん!
 雄田麻呂は頭がくらくらしてきた。
 益女はお手玉をだんだん速くした。
 くるくるくるくるくるりんりんっ!
 雄田麻呂は目を回して叫んだ。
「やめてくれー!」
 観念するしかなかった。
「やります!やります!道鏡の毛でも何でも盗ってきますからー!もう止めてくださーいっ!」
 くるくるくるくるくるりんりん!
「わかればいいのよ。――あ、落ちちゃったー」
 ずしゃ!
「ぐべえ!」
 衝撃のあまりピクピク痙攣
(けいれん)している雄田麻呂の耳元で、益女がささやいた。
「いーい?三日以内に道鏡の毛を持ってくるのよ。あたいを裏切ったら、どうなるか分かってるよね?あなたの命はあたいが握ってるのよ」
「へい」

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