4.敵情偵察 | ||||||||||||||
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紀益女は率川社(いさがわのやしろ。率川神社。奈良市)に勤めていたとみられる。
藤原雄田麻呂は、益女に会うためにそこを訪れた。
「依頼に参りました」
「何の?」
「益女さんのウラ稼業(かぎょう)の」
「はあ?」
応対した神官は知らなかったので首を傾げたが、益女は呼んできてくれた。
益女が影のある笑みで聞いた。
「あたいのウラ稼業のこと、どこで聞きました?」
「うわさでです。その筋の達人だそうですね。――で、これを持ってまいりました」
雄田麻呂は、持参した袋の中を見せた。
中にはドクロと髪の束があった。河原で拾ってきた誰のものとも分からないものである。
益女がうれしそうに言った。
「十分ですね。ここではなんですから、裏でシカにエサでもあげながら、まったりと話しましょう」
「望むところです。話の内容は全然まったりしていませんが」
「うふふ」
益女と雄田麻呂は人気のないシカ気のある社の裏に回った。
シカたちはすぐに寄ってきて、二人の差し出す葉っぱをむさぼり食べた。
「で、誰を殺して欲しいの?」
「女帝です」
「なぜ?」
雄田麻呂は用意してきたウソをついた。
「あの女は、私の愛する女を殺しました」
「仲麻呂の乱ね」
「そうです。私は女帝を許せません!」
「で、あなたは何者なの?」
「申し遅れました。私は藤原式家宇合(うまかい)の八男、雄田麻呂と申します」
「式家?式家は確か兄弟そろって女帝側についたのでは?」
「ええ。他の兄弟全員が女帝側についたため、私もやむなく女帝側につくしかなかったのです。それでも私は彼女だけは助けたかった!なのに……、それなのに……、あんなことになるなんてっ……」
雄田麻呂は歯を食いしばって悔しがる演技をした。
「あなたの好きな女って、仲麻呂一族の女だったの?」
「ええ」
「仲麻呂一族の女たちは、悲惨な死に方をしたそうね」
「ううう……」
雄田麻呂はグバッと益女にすがって頼んだ。
「すべては女帝のせいです!どうか、女帝を殺してください!お願いします!このままでは私は死んでも死に切れませんっ!カネはいくらでも出します!さんざん女帝をいたぶってからぶっ殺してくださいっ!」
雄田麻呂は益女にギュッと抱きついた。
益女がやさしく頭をなでてくれた。
「おー、よしよし」
プチ!
なぜか頭上で音がした。
「え?」
雄田麻呂が顔を上げると、益女が髪の毛を持っていた。
今抜いた雄田麻呂の髪の毛であった。
「あなたが持ってきたドクロと髪の毛は必要ないわ。女帝の魂を吹き込んだドクロはもうあるから。あなたに頼まれなくても、もう女帝は標的なの」
「そうだったんですか……」
益女は雄田麻呂が持ってきたドクロを取り出すと、それに雄田麻呂の髪の毛を結び付けて呪文を唱えた。
「あれ?それは私の髪の毛では?」
「そうよ。このドクロにはあなたの魂を吹き込んだの。ほら、赤くなった。はい、出来上がり!」
「どうして私なんかの?」
益女は雄田麻呂の魂を入れたドクロのあごをなでた。
「ふふふ。あたいは人を信じられないの」
雄田麻呂は自分のあごをなでられているような感覚がして、ゾッとなった。
(なんだこの女!ホントにこんな術を使うんだ……)
「だからあなたの人質を取ったのよ。うふっ!魂質よね。どう?気持ちいい?」
気色悪いが、気持ちいいはずがなかった。
益女、今度はドクロにデコピンしながら聞いた。
「あなた、道鏡に会ってきたの?」
雄田麻呂はゾワゾワとなりっぱなしであった。
「どうしてそれを……?」
「あなたは道鏡くさいわ。何度も会ってるんじゃない?プンプンにおうよ」
「え、まあ……。使いっぱしりのようにさせられています」
「そう。あたいはその道鏡を殺したいの」
「……」
「あなたは幸せだわ。愛する女があなたを好きなまま死んでいった。つまり、あなたたちの愛は永遠なのよ。もう誰にもじゃまされることはないのよ」
「……」
「でも、あたいの場合は生きているうちに嫌われた。いいえ、その男は、初めっからあたいのことなんてなんとも思ってなかった!しかもその男はいまだに生きている!ほかの女におぼれ腐って、毎日ベタベタ乳繰り合って幸せに暮らしていやがる!」
「……」
「あたいはそんな道鏡を許さない!殺してやるっ!そんなに女帝が好きなら、女帝と一緒に苦しみもだえまくりながら、あの世に逝(い)っちゃえばいいのよっ!」
「……」
「でも、道鏡には髪の毛がないの。坊主だから」
「プッ!」
雄田麻呂、思わず吹き出した。
「だから困ってるんだけど、別にどこの毛でもいいの。道鏡のところに出入りしているあなたならできるわ。何でもいいから道鏡の体毛を一本でもいいから盗ってきて。そうすればあたいはヤツを殺すことができるの。お願い。やってくれるよね?」
益女がデコピンを激しくしながら迫った。
「ううう……」
「何を迷ってるの?あなた、道鏡なんかに義理でもあるの?あたいたちは同志なのよ!生きているか死んでいるかの違いだけで、愛する者を失った者同士なのよっ!あたいたちは運命共同体なのよっ!」
ばちこん!ばちこん!
「むううん……。ちょっと、デコピンやめてくださいよ〜。おでこ、痛いから〜」
「ふーん。それよりあなたは愛する女のところに行きたいの?そんなら今すぐ逝かせてあげてもいいのよっ!」
「いやです!いやです!」
ぽーい!すとん!
益女はドクロを放り投げてキャッチした。
何度かそれを繰り返し、近くに落ちていたシカのドクロと交ぜてお手玉を開始した。
ぽいぽい!ぽいぽい!くるりんくるりん!
雄田麻呂は頭がくらくらしてきた。
益女はお手玉をだんだん速くした。
くるくるくるくるくるりんりんっ!
雄田麻呂は目を回して叫んだ。
「やめてくれー!」
観念するしかなかった。
「やります!やります!道鏡の毛でも何でも盗ってきますからー!もう止めてくださーいっ!」
くるくるくるくるくるりんりん!
「わかればいいのよ。――あ、落ちちゃったー」
ずしゃ!
「ぐべえ!」
衝撃のあまりピクピク痙攣(けいれん)している雄田麻呂の耳元で、益女がささやいた。
「いーい?三日以内に道鏡の毛を持ってくるのよ。あたいを裏切ったら、どうなるか分かってるよね?あなたの命はあたいが握ってるのよ」
「へい」