7.和気王の変

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平城遷都千三百年祭
1.最強の巫女
2.事実上の夫婦
3.希代の策士
4.敵情偵察
5.二重スパイ
6.寝るしかない
7.和気王の変
8.魔女の墓標

 紀益女はすごかった。
 藤原雄田麻呂は籠絡
(ろうらく)され、操縦され、完全に支配された。
 と、思わせておいて、やることはやっておいた。
 益女が眠っている間に、帳台で拾った益女の髪の毛を、称徳天皇の髪の毛と取り替えておいたのである。
(これでよしと)
 もう一つ、自分の髪の毛のドクロも取り替えようとしたが、その前に益女が起きてしまったため、かなわなかった。
「早いね。もうお仕事?」
「うん。出勤しなければ」
「また来てね」
「ああ」
 そそくさと張台から下りようとした雄田麻呂の腕を、益女がつかんでせがんだ。
「お別れのチュ〜」
「いいよ。またすぐに来るから」
「行っちゃだめ〜。いいもん〜。あなたのドクロがあるから、しょっちゅう四六時中それにチューしてやるう〜」
 確かに、雄田麻呂は帰った後も何度も何度も吸われた。

 雄田麻呂道鏡に復命した。
「やってきました」
「ドクロを盗ってきたのか?」
「いいえ。気づかれにくいようにドクロは奪わず、髪の毛だけを取り替えておきました。女帝の髪の毛を益女の髪の毛に」
「なるほど。それなら益女が女帝を呪おうとすると、自分自身を呪っていることになるわけだな?」
「そういうことです。今なら勝てます!いいえ、今しか益女には勝てません!彼女に気づかれる前に、彼女と和気王の逮捕をっ!」
「言われなくとも分かっている」

 道鏡称徳天皇に奏上した。
「前々からうわさがあったことですが、ついに事実と判明しました。和気王と紀益女が女帝呪殺をたくらんでおります」
 道鏡の弟、参議弓削浄人
(ゆげのきよひと)も付け足した。
「調べによりますと、和気王は女帝を殺した後に即位し、仲麻呂の乱で流刑にされた廃帝
(淳仁天皇)舎人親王系の諸王子を都へ呼び戻そうと考えているそうです。また、近衛(このえ)員外中将兼勅旨(ちょくし)員外大輔・粟田道麻呂(あわたのみちまろ)兵部大輔・大津大浦(おおつのおおうら。「ヤミ味」参照)式部員外少輔・石川永年(いしかわながとし)も謀反の一味と判明いたしました」
 称徳天皇は驚き、檜扇
(ひおうぎ)をパタパタさせて怒り狂った。
「朕を殺そうなんてとんでもない!全員逮捕しておしまいっ!」
「ははあー、ただちに!」

 こうして一味として名の挙がった三名は全員逮捕された。
 三名は口々に無実を訴えた。
「どういうことだ!?」
「おれはやってない!何かの間違いだ!」
「確かに会合には参加していたが、悪だくみなどした覚えはない!」
 十日あまり後、粟田道麻呂は飛騨員外に、大津大浦は日向に、石川永年は隠岐員外に左遷された。
 うち、道麻呂は飛騨・上道斐太都
(かみつみつのひたつ)によって夫婦ともどもなぶり殺しにされ、永年は数年後に自殺してしまうのであった。

 一方、和気王は逃亡したものの、率川社で捕らえられた。
 秘密の仕事場にいた益女は、雄田麻呂がだまして連行した。
 そのため益女は縛られたが、彼女はそんなに怒ってなかった。
「あなたって、こんな趣味もあったの?」
「違うよ。謀反をたくらんだ君をだまして逮捕したんだよ」
「ウソよっ!」
 道鏡がやって来て教えてあげた。
「お前と和気王は女帝を呪い殺そうとした罪で伊豆へ流刑と決まった。雄田麻呂。お前が伊豆まで護送するのだ」
「ははあ!」
「和気王のほうは蔵下麻呂
(くらじまろ。倉下麻呂)が連れて行け」
 藤原蔵下麻呂は雄田麻呂の実弟で、近衛大将である。
「了解」
 蔵下麻呂が大きな袋を道鏡に差し出した。
「そういえば、この益女という女が、こんなものを持ち歩いておりましたが……」
 道鏡が中を見ると、ドクロが三つ入っていた。
 例の称徳天皇道鏡
(どちらもニセモノ)、そして、雄田麻呂の魂を入れたドクロであった。
「返して!」
 益女はわめいた。ウソをついた。
「それはあたいの枕なの!あたいは枕が違うと眠れないの!」
「三つともか?」
「三つともよっ!三つ並べて始めて一人前の枕になるのよ!たとえ流刑にされても、その三つは一緒に持って行くからっ!」
 雄田麻呂も道鏡に頼んだ。
「禅師。それはこの女にとって必要なものだそうです」
 道鏡は雄田麻呂の復命を思い出したので許した。
「いいであろう。枕ぐらい持って行かせても」
 道鏡はニヤッとした。
(そうだったな。ドクロがないと益女は自滅できなかったな)
 雄田麻呂は顔を背けた。
 背けたら、益女と顔が合った。彼女は勘違いして瞳をウルウルさせていた。
(やっぱりあなたは味方だったのね)
 袋を返された益女は喜んだ。
(これさえあれば、いつでもどこでも伊豆に行っても道鏡と女帝を呪い殺すことができる。そして、あなたとも――)
 益女も雄田麻呂を見てニヤッとした。
 雄田麻呂はうつむいた。
 益女はうれしそうに雄田麻呂のドクロを取り出すと、いきなり深チューした。
 ぶっちゅ〜、ちゅぱ!ちゅぱ!じゅるじゅる、べろべろり〜ん。
 雄田麻呂はむせた。
「ぶほっ!げぶぼっ!ぶべべっ!オッホーン!」
 道鏡は不思議がった。
「どうした?」
「いえ、べつに。――ナメクジかなんかが口の中に」

 出発前、道鏡は雄田麻呂を呼んだ。
「蔵下麻呂にも話したことだが――」
「はあ、なんでしょうか?」
「益女を伊豆まで護送する必要はない。益女を殺せ!都から出て人気がなくなったらすぐに殺して戻って来るのだ」
「……!」
「蔵下麻呂は和気王を殺す。だから、お前は益女を殺すのだ」
「……!!」
 雄田麻呂はブルブル身震いした。
 唇も震えてきた。変な形にゆがんできた。唇がまるで違う生き物のように勝手にビヨンビヨン踊り始めた。
 道鏡はいぶかしがった。
「何をしているのだ?」
「あの、その、ぶっちょーん、れろれろれろ〜。ぶあふっ、あふ〜ん」
「気持ち悪いヤツだなー。なんなんだ?」
「いえ、なんつーかその、むにょむにょむにょ!チューの最中なんですよ〜」
「妄想かよ!お前、さっきから変だぞっ」

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