3.百済河成の仇敵 | ||||||||||||||
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『今昔物語集』にはもう一つ、伝説が残されている。こちらのほうはまさしく伝説であろう。
河成と同時代に腕のいい大工がいた。
飛騨工(ひだのたくみ)という飛騨出身の大工である。名前は伝わっていないが、当時はかなり有名な大工だったという。
あるとき、飛騨工が現場で休息をとっていると、隣の邸宅の下男たちがこんな話をしていた。
「おい。この国で一番すごい職人って、だれだと思う?」
「そりゃあ、飛騨工だろう。なんたって平安宮の豊楽院(ぶらくいん。宴会場)を造った大工だぞ。豊楽院、見たことあるか? あんなすごいもんは、ほかの職人には造れまい」
「なるほどな」
飛騨工は自分のうわさを耳にして、思わず笑った。気分が悪いことではない。なにしろ自分の腕は天下一だといわれているのだ。
しかし、
「いや、飛騨工よりももっとすごいヤツがいるぜ」
と、別の下男が言ったのを耳にして、気になって壁に耳をつけた。
別の下男は話を続けた。
「ほら、百済河成だ。知っているだろう? これがめちゃくちゃ絵がうまい。生き物を描くのが得意でな、まるで今にも動き出さんばかりのものすごい絵を描くそうだぞ」
「あ、オレ、河成の絵、見たことある」
「すごかっただろう?」
「すごいすごい。河成こそ天下一の職人だよ。河成の絵に比べたら、飛騨工の腕なんて、屁(へ)でもねえぜ」
「屁でもねえだと…」
飛騨工は憤った。
「河成の絵と比べたら、オレサマの腕は屁でもねーだとっ!」
飛騨工は河成を見知っていた。仕事柄、一緒になることがよくあるのである。
確かに河成の絵がうまいことは認めるが、その絵と比べて自分の腕が屁以下にたとえられては、どうにも憤懣(ふんまん)やるせなかった。
「みんなしてオレサマの腕をバカにしやがって!」
仕事を終え、帰途についても飛騨工の怒りは収まらなかった。
「おや。今、お帰りかな?」
尋ねる者がいるので、振り返ってみれば、偶然にも百済河成!
「おう。今、お帰りよう!」
飛騨工が不機嫌に言い放った。
河成が雰囲気にビビッて下手に出た。
「相変わらず、いい腕をお持ちでしょうな」
それがいらぬことを飛騨工に思い出させた。
「どうせあんたの腕と比べりゃ、『屁以下』の腕を持ってますよっ」
「だれもそんなことは一言も言ってないが……」
河成は、飛騨工のかみ付くような剣幕に、おびえたように早々と立ち去った。
飛騨工は彼の後姿を見て、心に誓った。
「徹底的にたたきのめす!」